第2話 悩むよりも苦悩する


 巨大ダンジョン『低国ヴィネ』

 流砂の国が持つ巨大砂漠の真下に存在する地底都市であり、大国の王都が丸々一つ入りきってもなお余裕があるとんでもない規模のダンジョンだ。


 人類史上六番目に観測された巨大ダンジョンであり、未開拓未攻略の最高難易度ダンジョンでもある。


 もちろん、俺たち――ああ、いや。元俺が参加していた『ソロモンバイブルズ』も、ここの攻略を目指しているパーティの一つだ。


 そして先日、素晴らしい功績を生み出したパーティでもある。


 人類初の、巨大ダンジョンの安全地帯セーフルーム作成を行ったのだ。


 厳密には、13層以下で初めての作成である。


 ダンジョンには、当然の如く魔物が湧く。これでもかと、当然の権利のように。13層以下の魔物は尚更強力な種類がわんさかでてくるわけなのだが……そんなダンジョンで、特定の場所の魔物を一定数倒すとその場所に魔物が寄り付かなくなる現象が起こるのだ。


 これを俺たち冒険者は安全地帯セーフルームと呼んでいる。過去にわたって安全地帯セーフルームになった場所に魔物が侵入してきたことは無く、人類の歴史がその安全性を保障している。


 しかし、未開の地と言われた巨大ダンジョンの13層以下に安全地帯セーフルームが作られたことは今までに一度としてなかった。それほどに難しいことだったからだ。


 ただ、彼らはその前例を作ってしまったのだ。人類でも、ここまで到達できるという前例を。これを英雄の功績と呼ばずしてなんと呼ぼうか。


 そして、英雄の凱旋がいせんには必要ないと俺がパーティーから蹴りだされたわけだけどさ。


「……行ったな? 行ったよな?」


 そして俺は、そんな『低国』唯一の安全地帯セーフルームに居た。


 ふふふ、誰が大人しく背を向けて出ていくなんて言った? 悪いなコルウェット。三年も肩身をせまくしてソロモンバイブルズに所属していた俺じゃないんだぜ……。ってか、何にもできない俺を最高難易度ダンジョンに放逐ほうちくするなんて、俺を殺す気かよ! いや、殺す気だったんだろうな。死亡届も出してるわけだし。


「ま、そんなこと許すわけがないけどな」


 せめて俺の荷物だけでも――いや、じいちゃんの形見だけでも、回収しなければ。

 そんな思いで安全地帯セーフルームの境界線で息を殺していた俺は、空腹に耐えながら奴ら――『ソロモンバイブルズ』が安全地帯セーフルームを出ていくのを待っていた。そうして出ていった後に、キョロキョロとあたりを確認しながら俺は奴らの天幕へと忍び込むのだった。


 目的はもちろん俺の荷物の回収。できるならば、じいちゃんの形見だけでも回収しなくてはいけない。そんなわけで、俺は放置されていた自分の荷物を発見するや否や、飛びついた。


「よし、よし! 分解も窃盗もされてないな! 形見も……ある!」


 じいちゃんの形見。壊れた懐中時計の存在を確かめてから、俺はゆっくりと胸をなでおろした。


 さて、これからどうしようか。ジョブ『不明者』なだけあって、息を殺して潜伏することばかりは得意だけど(これまでの三年で身に着けた技術であってスキルではないけれど)さすがに低国の13層から地上へと戻るには、俺には何もかもが足りない。


 いや、それでもなんとしてでもたどり着くんだ。そうしなくちゃ、俺はあいつらが言った通りに死んでしまうから。


 三年間の付き合いもあって憎み切れないけど、それでも俺を追放したあいつらの言う通りになることだけは、流石に腹が立つ。


 だから、だから――


「ごみ、はっけ~ん!」


 だが、それは叶いそうにない夢だった。


 横合いから放たれた脚撃は、先日のように俺の脇腹を打ち抜いた。目にもとまらぬ早業で、俺の認識速度を超えた一撃に、何が起きたと理解が追い付かない。


「ほら、やっぱり戻って来た~。いい、あんた。言ったでしょ? 塵になりたくなかったら、すぐに消えなさいって」


 そこに居たのはコルウェットをはじめとして、ソロモンバイブルズの面々だった。彼らは、さっき安全地帯セーフルームを出ていったはずなのに――


「あれ、もしかして私たちがどうしてここに居るのか、とか考えちゃってる? 馬鹿なの? 脳みそ内の? いや、無能なのは最初からか。どうやら、私たちが思ってる以上に、貴方が無脳だったみたいね」


 そこで、俺は理解した。おそらくこいつらは、幻術を使って俺を騙して、安全地帯セーフルームを出ていったように見せかけたのだ。どうしてそこまでするのかなんてわからない。それでも、コルウェットの悪辣あくらつな表情を見れば、俺の苦しむ様が見たかったと、簡単に予想できた。


「このまま痛めつけた後に火刑にするのもいいのだけれど~、生憎と私たちにはそんな体力も魔力も無駄にする時間もないのよね。だから、さ」


 そう言って笑顔を浮かべる彼女は、安全地帯セーフルームの向こう側――13層という低国にしてはまだまだ上層に位置する場所から見下ろせる、低国の情景へと視線を向けた。


 それが意味することは、わかりたくなかった。


「本当はね。あのままどこかに行ってくれたのなら、何もしないつもりだったの。でもさ、安全地帯セーフルームの近くで息をひそめられたら、誰だって警戒するわよね~」

「最初からお見通しだったってわけか」

「あら? 無能がなんか喋ってる。あれで隠れられてるなんて、それこそ脳みそが足りてないんじゃないかしら」


 確かにな。スキルも使ってない潜伏なんて、スキルを使われれば一発で看破されてしまう。俺相手にそんなことをするはずもないと思っていたけど……当てが外れたな。


 そうしてこうして、会話の果てでコルウェットは言うのだった。


「そういうわけで、あそこから飛び降りて」

「いやだよ」


 飛び降りろと、彼女は俺に命令する。その言葉を、誰も止めようとはしない。


「飛び降りなさい」

「いやに決まってんだろ」

「飛び降りることで、貴方の最後の価値を証明しろと言ってるのよ」

「自分から死にたがるやつがどこにいるんだよ!」

「あっそ、まあいいわ。じゃあ、私が蹴落としてあげる」


 呆れたような声を上げた彼女は、その言葉を最後に俺を力いっぱい蹴り飛ばした。骨の折れる音と風を切る音の中で、俺の体が崖の外側へと投げ出される。


「最後まで価値のない奴」


 そんなコルウェットの言葉を聞き届けた俺は、重力の正しさをその身に感じながら、下へ下へと――何層落ちたかもわからない程下へと落ちて行って、そして――


 ぐしゃ。


 と潰れた。


 ただ、最後に――


 最後に、不思議な言葉を聞いた気がする。


 その言葉は、確かこう言っていた。


『スキル条件が達成されました。スキル『瀕死止まり』が解放されました』

『スキル条件が達成されました。ジョブ『■■■■■■』の情報が更新されます』

『貴方は世界のルールから外れました。頑張ってください』


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