八乙女さんは顔パスでジュエリーシスターズへあっさり入館できた。九十九会長が事前に手を回していたのだろう。僕とラブ子先輩もそのあとに続こうと思ったのだが女性の警備員によってきっちり止められた。


「きみ、中学生?」

「学ランで判断しないでください」

「当方は顔で判断したんですけど?」

「童顔で悪かったですね……。僕はこっちの先輩と同じ白鳩学園の生徒です」

「ふーん」


 明らかに怪しまれていた。

 今夜、怪盗が現れるのだから当然だけど。

 というか九十九会長も助手の僕はともかくラブ子先輩くらいはスムーズに入店できるように手配してほしかった。


「ちょっとラブ子先輩もなんとか言ってくださいよ。このままじゃふたりとも入店すらできないですよ」

「しょうがないね。私に任せたまえ」


 そう言ってラブ子先輩は警備員の前にズカズカと躍り出た。そんなラブ子先輩を警備員は頭の先からつま先まで全身くまなく見た。


「今度は探偵のコスプレの方ですか?」

「フフフ。私は探偵は探偵でもただの探偵ではないのだよ」

「は?」


 若干引き気味の警備員。

 それからラブ子先輩はハートステッキを大理石の床にカンッと突いてから豊満な胸を張って堂々と答えた。


「私こそは恋に恋して愛を愛する恋愛探偵なのだ!」

「恋愛……探偵?」

「いかにも!」

「そうですか。わかりました」


 警備員はニコニコと笑顔で一度引き取ってからまた突き返した。


「ではあなた方ふたりをお通しすることはできません。今日のところはお引き取りください」

「なぜだね!?」

「なぜも何も率直に申し上げて怪しすぎます。なんですか、恋愛探偵って……」

「よくぞ聞いてくれた。では説明しよう。恋愛探偵とは――」

「あーご説明は結構です。こちらA2、入り口に怪しい人物が二名。至急応援を頼みます」


 そんな無線が飛んだ瞬間のことだった。どこからともなく続々と階段やらフロアやらから他の警備員たちが応援に駆けつけると、僕は数人の屈強な警備員たちにあっという間に囲まれて羽交い締めにされてしまった。

 そのすこし離れたところでは、


「あなたたち、なにをやっているの……」


 と、八乙女さんがこめかみを押さえていた。


「私に触るでない!」

「ラブ子先輩!」


 ハートステッキを振り回すラブ子先輩まで取り押さえられるが僕は叫ぶことしかできない。

 よもや万事休すかと僕が思った、まさにそのとき――


「なんのさわぎだ」


 と、舌っ足らずなかわいらしい声が店内に響いた。

 警備員の人垣が割れると、その奥にはまったく同じ顔の子供がふたりいた。そのふたりの子供はなんと驚くべきことに片眼鏡をした執事らしき男の両肩にそれぞれ乗っていた。いうなれば両肩車である。ひとりは青髪の子でヨダレを垂らして鼻提灯を吹かし眠りこけている。もうひとりは元気印のそばかすが特徴的な赤毛の子だった。おそらく声を発したのはこっちの子だろう。

 その珍妙な一味に警備員たちは一斉にかしこまった。


「アカ様、アオ様! ただいま不審な人物を取り押さえておりました!」

「バカバカバカー!」


 警備員らの報告を聞いて赤毛の少女が一喝した。


「あちしが雇ったタンテーたちだ!」


 そんな癇癪を起こすアカに言い訳するようにひとりの警備員が言う。


「ですが事前申請もなくただの探偵でもないらしくてですね。中学生の助手も一緒で」


 誰が中学生だ。

 しかし代表アカは聞く耳を持たない。


「うるさいうるさいうるさい! まったくゆうづうのきかんやつらだ! タンテーなんだからジョシュのひとりやふたりいるだろが!」


 僕が言うのもなんだが仕事を全うしていた警備員をどうか責めないであげてほしい。しかしあにはからんや、この宝石店のセキュリティーの高さを見せつけられるかたちとなってしまった。

 警備員たちはしぶしぶ僕らを解放してから人の波が引いていくと僕は一目散にその場にへたり込んだラブ子先輩に駆け寄り手を貸して起こした。

 そこへ三位一体の肩車が近づいてくる。


「ウワサは聞いてるぞい」

「うむ。きみたちが今回の依頼者だね。はじめまして。私は恋愛探偵の恋泉ラブ――」


 ラブ子先輩は自分の足でよろめき立ってから自己紹介して握手を求めたが、双子の肩車はラブ子先輩を華麗にスルーした。


「史上最年少で探偵協会に入った八乙女真。祖父のハシラは二十年前に独立して今は父親のトビラが八乙女探偵事務所の二代目所長を務めているんだっけ」

「詳しいわね。かくいう私もあなたたちを以前から知っていたわ」


 八乙女さんは下調べしたであろう情報とかけ合わせて開示した。


「齢九歳にして巨万の富を手に入れた双子姉妹として一世を風靡した。というのも先代夫婦はハートダイヤをそろえた展示会を開こうとした当日に交通事故で亡くなったため娘であるあなたたち双子が莫大な遺産を相続して今日に至る。無論、その展示会は急遽中止となった」

「さーすがー。タンテーさんねー」


 アカは大して感心もしていないふうに言った。


「そうよ。あちしがジュエリーシスターズ代表のアカ。隣で眠っているのが双子の姉のアオ。そして下にいるのが無能執事のロック・ロードサイドよ。バカみたいな名前でしょ」

「ひぐっ!」


 ロックと呼ばれた執事は頬を上気させて官能的な表情を浮かべていた。


「こいつはドMの真性ロリコンだから気をつけてねー」

「そのセリフそっくりそのままお返しするわ」


 そういってアカと八乙女さんは固い握手を交わした。

 その横で手を差しだしたまま固まっているラブ子先輩。

 助手としては正直見てられない。

 それから変態執事に肩車された双子たちは僕たちには一瞥もくれず奥に先導する。


「そっちのジョシュふたりもよろすくー」


 ラブ子先輩は無名の探偵どころか助手扱いだった。

 すれ違いざまに八乙女さんはまぎれもない事実を叩きつける。


「わかった? これが現実よ。あなたが探偵として名を馳せたのは今や昔の話。さっさと恋愛専門の探偵からは足を洗うべきね」


 双子姉妹は小学生だしなおさら昔のラブ子先輩を知っているわけがない。

 だって一歳年下の僕ですらこんなすごい人がいるとは一年前まで知らなかったのだから。


「ラブ子先輩、行きましょう。置いていかれますよ」

「ブフッ……ラブフフフフ」


 するとラブ子先輩はとつぜん笑い出した。

 なに? こわっ。


「ラブ子先輩……?」


 ラブ子先輩は僕の見たこともない笑みを浮かべながらハートステッキを握るとカツンカツンと床を叩きながら歩き出す。僕は心配しながらあわててその恋愛探偵のあとを追いかけた。

 なにはともあれ第一関門を突破した僕たちに次に待ち受けていたのは手荷物検査と金属探知機ゲートだった。金属製のものを預けてから四角いゲートをくぐる。最後尾の僕がゲートをくぐったところでブブーッ! とゲートが赤く点灯した。


「あっ、たぶんベルトのバックルですかね」

「あるいはイチズくんのムスコが反応したのかもね」

「僕のムスコは無反応ですよ!」


 ラブ子先輩は金属探知機ゲートのことをなんだと思っているのだろう。

 まあでも普段どおりに戻ってくれてよかった。

 人知れず僕が胸をなで下ろしているとアカが感心したように言った。


「へえジョシュは若そうなのに息子がいるんだー」

「え?」


 さてはこの子、とんでもない勘違いをしているな。

 しかし真実は伝えないほうがいいだろう。


「まあ娘もいるかもな」

「は? なにそれ? かくしご?」

「ある意味まちがってはないけどね」


 僕が適当にはぐらかしているとそれを見かねた執事のロックはそっとアカに耳打ちをした。次の瞬間、ボォッとアカは顔を真っ赤にしてから僕をにらみつける。

 さすがにからかい過ぎた。

 それからなぜかロックの顔面にアカの八つ当たりの膝頭が飛ぶ。


「サンキューベリーマッチ!」


 膝蹴りを顔面にもろに受けたロックは端正な顔を変形させながらお礼を口にした。

 不思議な人たちである。

 この発端となったラブ子先輩は一時的に預けていた貴重品や貴金属を回収してから次の関門に進んでいた。一方の八乙女さんはクールな様子で今どき珍しい黒いガラケーを回収しており僕は目が留まる。


「八乙女さん、今どきガラケー使ってるんですね」

「何か問題でも?」

「いえ不便そうだなと思って」

「探偵業務をこなすのに支障はないわ」

「さいですか」


 そしてなぜか僕の通学バッグは入管に没収されたまま返ってこなかった。

 続いて僕らは厳重な扉の前に立ち生体認証の登録を行うことになった。


「これをしなきゃ各部屋を行き来できないシステムになってんのよーん。すごいでしょ!」


 アカは自慢げに紹介するとロックを中腰にさせてから扉横に設置された生体認証パッドに手をかざした。スキャンが開始され緑の光波が走るとアンロックされたのちアカは呼びかける。


「ヘイ、ストーン。新規登録をしたいんだけどー」

「かしこまりました。新規登録画面を起動します」


 ストーンと呼ばれた制御システムはアカのボイスコマンドに反応すると画面に心電図のようなさざ波が立ち、英語でまくし立てた。


「イチズくん、こやつは何を言っておるのだ?」

「セキュリティ保護の観点から生体認証を登録しろって言ってますね」

「それならそうと日本語で言いたまえ!」

「いや僕に言われましても……」

「日本語で頼まれないかぎり私は抵抗するぞ」

「ええ……」


 まったく困った愛国心の持ち主である。

 僕は助けを求めるようにもうひとりの探偵に目を向けた。


「八乙女さんも何か言ってくださいよ」

「そうね、隠れてないで姿を現してもらいましょうか。ミス・ストーン」

「こっちにもおバカがいた!?」

「誰が馬鹿よ。顔も見せない人に指紋や虹彩は採らせてあげられないのは当然でしょう?」

「八乙女さん! 機械ですから顔とかないんですよ!」


 あんたたちはいったい誰と戦っているんだ?

 結局、僕が毒味的に新規登録してからしぶしぶ二人の探偵は生体情報を提供した。


「さすが真のタンテーじゃん。ちょーかっけぇ」


 するとなぜかアカからの信頼は爆上がりしていた。

 しかし自身の素性を簡単に明かさないのは探偵の資質というか本能なのかもしれなかった。

 それにしても探偵って曲者ぞろいだよな。どこかの能力が秀でればどこかが欠落するものの典型というか。

 こうして顔、虹彩、声紋、掌紋、静脈、五大生体認証を登録したのち入店パスポートが発行された。これでこの身そのものが通行手形となるというわけだ。


「それにしてもこんなセキュリティレベルの高いところに本当に怪盗イレブンは現れるんですかね」

「あらわれるっしょ」


 僕の感想にアカは確信的に呟いた。


「こんだけのニュースになったらカイトーイレブンもひきさがるわけにはいかなくなってるはず」

「なるほどね」

「だれが犯行予告をテレビ各局や週刊誌にリークしたのか知んないけど、まあどうせそのだれかがやらなくてもあちしがリークしたけどね」

「え? どうしてわざわざそんなこと……」

「だってジュエリーの広告宣伝としては効果絶大なんだもん」

「かわいく言うセリフじゃねえな」


 でもなるほど。小学生ながらビジネスの嗅覚は鋭いらしい。しかしそれは諸刃の剣だろう。仮にハートダイヤを守り切れなければバッシングの嵐に遭うはずだ。後日、謝罪会見を開くことになるだろうし依頼を受けた探偵協会にも飛び火するかもしれない。そのリスクを承知で今回九十九会長は八乙女さんとラブ子先輩に任せたのだ。探偵としての信頼ゆえに。


「でもでもじつはカイトーイレブンには感謝してたりするの」

「なんで?」

「風が吹けば桶屋がもうかるようにー、カイトーがでれば宝石店がもうかるからねー」

「誰かに盗まれるくらいなら売っぱらっちまおうってことか……」

「そゆこと。まあでもうちの店のジュエリーに手をつけるんならぜったい逃がさないよー」


 アカは獲物を狙うハンターのような目付きだった。


「これでまたあちしたちの夢にいっぽ近づくんだから」

「夢?」

「うん。いつかあちしたちで宝石のお城を建てるの」


 確かにそれは見たことがない。僕が子供の頃に思いついたとしてもせいぜいお菓子の家どまりだったが……まさか宝石の城とはな。


「でもそれじゃ世界中の宝石を集めたって足りなくないか?」

「うん。だからね、そのうち宇宙に飛び出していろんな星からいろんな宝石を探しあつめるの。もうすでにロケットを飛ばすための宇宙開発事業に手はだしはじめてるんだから」


 壮大な夢だ。

 やはり普通の九歳児ではない。

 将来的にジュエリーハンターとしてこの双子は宇宙に飛び出していくのだろう。

 問題は山積みだろうが宝石城の完成が待ち遠しいと素直に僕は思った。

 ロックに乗ったアカに案内されるままに僕たちはジュエリーシスターズの通路を進む。


「ちなみにジュエリー類はこのビル内で加工から発送まで行ってるんだよ」

「へえ」

「そのほか従業員の寮や生鮮食品売り場、そして娯楽施設も完備してるし従業員は無料で利用できるんだよーん」


 どうやらこのタワービル内で一生暮らせる設計になっているらしいな。

 それから一行は五基の並んだエレベーターのうちの一基に乗りこむと先客がいた。今どき珍しいエレベーターガールのようだ。つば付きのフェルト帽子を被り紺色の制服には白いスカーフを巻いている。白手袋を嵌めた手をおへその上で組んでおり上品な印象を受けるが、しかしどこか違和感がある。そんな僕に構わずアカは目的の階を口頭で伝えると地上70階のうちの35階のボタンをエレベーターガールが押した。


「上に参ります」


 僕が怪訝そうな目をエレベーターガールに向けているとアカはにやにやしながら言った。


「ジョシュ、ほれるなよ」

「ばかいえ」

「ならいいけどねー。だってそのエレベーターガールは、じつは――」


 アカが何かを言いかけたところでふたりの探偵が同時に続きを言った。


「人間じゃないね」

「人間じゃないわ」

「え?」


 僕が驚きのリアクションをとっているとアカは手を叩いて褒める。


「さすがタンテーと第二ジョシュ。実はそのエレベーターガールはアンドロイドのオシコちゃんなのでしたー」


 オシコって……階層ボタンを『押す子』ってことか?

 かわいそうな名前。なんだかアンモニア臭がしそうじゃないか。

 しかしそんなことよりもラブ子先輩には聞き流せないことがある様子。


「待て。私は第二助手ではないぞ」

「は? じゃああんた誰?」

「よくぞ聞いてくれた。私は恋愛たん――」


 ラブ子先輩が大見得を切って名乗ろうとしたところで、チンと軽快な音が鳴った。


「35階に到着しました」


 オシコちゃんが機械的に伝えると全員はぞろぞろとエレベーターから降りていく。

 ラブ子先輩と僕はまたもや取り残されてしまった。


「ぐぬぬ……」


 怒ってるラブ子先輩もかわいいが、このあとの第一声なんと言うか見物だった。


「イチズくん……」

「はい?」

「別に機械人形と人間が恋をすることはおかしくないぞ」

「…………」


 僕はそそくさとエレベーターを降りる間際に捨て台詞を吐く。


「いろいろと勘違いしないでください――第二助手さん」

「まさかイチズくん……きみもかね!?」


 最後の味方に裏切られたがごとくラブ子先輩は言い放った。

 しっかりしてくれ、恋愛探偵。

 あなたはこんなもんじゃないはずだ。


「待ちたまえ!」

 

 そんなふうに僕のあとをラブ子先輩が追うという珍しい構図だった。

 僕がちらりと後ろを振り返るとラブ子先輩の奥のエレベーターの中で閉まるボタンを押すオシコちゃんが目に入った。オシコちゃんはエレベーターという箱に一生閉じ込められる運命なのである。ゆっくり両サイドの扉が閉まる直前の彼女はすこし寂しげに見えた。

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