【第七話】━━ 帰って来た。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この異世界に来てからなんだかんで一ヶ月経った。
なんて言うか、この世界はのどかで平和でいい世界だ。
確かに娯楽は少ないよ。テレビもネットもゲームもない。
けれど、のんびりとゆったりできて、衣食住が保障されて、何もやらなくてよくて、身の回りを世話してくれる愛しの天使ちゃんがいて、私と共に封印されろと口説いてくる天使長様がいる。
少しだけ不穏な感じがするのも交じってるけど、おおむね平和な毎日だ。
そんなことを考えつつ、天使ちゃんに入れてもらった紅茶を、優雅にズズズズズッっと啜る。
「ユー、そんな音を出しながら紅茶を啜らないでください! はしたないですよ!」
天使ちゃんからお説教がすぐに飛んでくるけど、気にしない。
同じテーブルについている天使長が暇なのか毎日やってきて「我と共に封印されるがいい」と口説かれるのもなんだかんだで悪い気がしない。
たぶん乙女ゲー的なあれね。私、乙女ゲーなんてやったことないけど。
興味がないわけじゃなかったけど、暇もお金も地球じゃなかったからね。
多分私やってたら間違いなくはまって道を踏み外してたと思う。
今もたまに気の迷いで天使長と封印されたくなってしまうし。
まあ、毎回ちゃんと天使ちゃんがそれを止めてくれはしているんだけど。さすが私の天使ちゃん。
そんな毎日を優雅に送ってたわけよ。
今日も平和だね、って思ってたら、奴が帰って来た。
いきなり空間が歪んだと思ったら、目の前にギャルが現れた。
「あ、邪神のギャルさん……」
初めて会った時よりもしっかりとギャル化していた。どことなくあったぎこちなさがもうない。
「ユー。なんでお前、天使と茶してるんだよ」
元邪神のギャルが私を訝しんだ顔で見てくる。
「和解したのよ」
正直に答える。だって私は正直者だもの。
「和解? まあ、いいや。あーしの体はどこよ!」
少し殺気立って元邪神のギャルが喚きだした。
うるさいなぁ。平穏な私の生活を壊さないでくれるかしらね。
「どうしたのよ、邪神に飽きてギャルになるんじゃなかったの?」
「ああ、楽しいギャルライフを満喫してたんだけど、彼氏を親友に寝取られたんだよ!! むかついたんでぇ、邪神の力で世界を滅ぼそうかと思って、ちょっと体だけ取りに帰って来たんだけどぉ」
元邪神のギャルは拗ねながらそんなことを口にした。
あー、失恋しちゃったわけね。それで世界を壊そうと。まあ、それで世界を滅ぼそうとする思考がまさに邪神。さすが元邪神。
「ああ、うん。故郷を滅ぼされるのはどうかと思うけど、ほら、あそこだよ、邪神の体。絶賛解体中だよ!」
そう言って指さす方向にはもう半分以上解体されヘビの部分しか残っていない邪神の体がそこになった。
無抵抗なのに一ヶ月経って半分しか解体できないとか、どんだけ丈夫ででかいのよ。
「は? はぁぁぁぁぁあぁあああぁ!!! 何してくれてんの!!」
元邪神ギャルが騒ぎ出す。
いや、あの体はもう私の物だし、どうしようが良いじゃない。それに大きすぎて何かと邪魔なのよ。
「いや、和解したんだからもういらないでしょ? あんな触れるものすべてを破壊するような体」
「おま、おまえ!! あーしがどれだけ苦労して、あの体を作り上げたと思ってるんだ!」
「知らないよ。興味ないし?」
邪魔なだけだし。あんなばかでっかい体を作りやがって、解体するほうの身にもなれって言うのよ。
私は解体作業してないけど。
まあ、暇つぶしによく見学してるし、娯楽の一つになりつつあるんだけど。邪神の解体ショー。
「ああ、もうむかついた! この世界も地球も全部破壊してやんよ!!」
「ただのギャルになったあーしちゃんに何ができるってのよ?」
私は椅子に座って踏ん反り返ったままそう言った。
「あほか! ただのギャルがこうも簡単にこっちの世界に帰ってこれるわけねぇだろうが!!」
「それも…… そうか」
さすがは元邪神ギャル。力をすべて失ったわけじゃないのか。
「おまえも、この世界も地球も!! すべてを破壊してやんよ!!! アハハハハハハハハハッ!」
そう言って切れ散らかす元邪神ギャルを私は冷静に見つつつも紅茶をズズズズズッっと啜る。
「ユー! なに呑気にお茶を飲んでるんですか!」
と、天使ちゃんが私の影に隠れながらそんなことを言って来た。
「ふむ、つまり三人で封印という事か?」
天使長様…… いや、もうこいつに様つけるのなんかやだな。
おまえもぶれないけど、何かそれは違くない?
「いいよ。私がどうにかするからさ」
そうね、これはもう私にしかできないことだものね。私が蹴りを付けないと。
あれ? でも別に私が蹴りつける必要もない気がする?
まあ、いいか。この一連の出来事に蹴りを付けてあげましょうか。
「ユー?」
と天使ちゃんが私を心配そうに見つめる。
「何言ってるんだ! 元邪神のあーしに勝てると思ってんのかよ!」
元邪神のギャルはそう言って邪悪なオーラを漂わせてすごんでいるんだけど、誰に向かってすごんでるんだ?
「そっちこそ何言ってんの? 現邪神の私に勝てると本気で思ってんの?」
そう言って、私は紅茶をズズズズズッスゴッっと音を立てて啜って飲み切る。
「はぁ?」
と、元邪神のギャルにガンを飛ばしてくる。
それにイラっと来た私は即座に行動する。
「いきなり奥義!! 七転罰登掌!!」
私はそう言って元邪神のギャルをびんたした。
ペチンという音が室内に響き渡る。
「はぁ? これが邪神の力…… って、なんだ、これは…… うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
元邪神ギャルはそのまま消えた。
もう戻ってくることもない。
今、私がした技はそう言う技だ。
「え? 元邪神が消えた? ユー、何をしたのですか?」
天使ちゃんが慌てふためき、天使長様は目を見開き驚愕しながら「封印封印我と共に封印封印……」と繰り返している。
いや、天使長はなんかおかしくないか? まあ、元からか。
とりあえず天使ちゃんにどういう状況なのか説明してあげる。
「ふふ、あのギャルは今はギャルとはいえ元邪神。つまり神。不滅の魂を持ってるの。ただ殺しただけではいずれ復活してしまうの」
そう言ってもう一度席に着き、紅茶を新たについで、ズズズズズッっと音を立てて啜る。
さすがにこの状況で天使ちゃんも紅茶の飲み方に文句は言ってこない。
「そ、そうですね。ですから私たちは永劫とも思える時間、戦いを繰り返してきたんですよ」
さぞ長い年月戦ってきたことでしょう、でもそれも今終わったのよ。
「だから、私は神の力を使って、元邪神の魂を無理やり七回、人として転生させ、その人生を刹那に圧縮体験させ、無理やり悟りを開かせ、本当の意味での神へと昇華させたのよ」
私がおこなった奥義、七転罰登掌の説明をする。
究極にして最強の奥義。これを喰らった相手は強制的に我欲捨てた神仏となる。そんな技だ。
「は? え? なに? ユー? 何訳の分からないことを?」
「あの元邪神ギャルは、大歓喜にいたり神仏になったです、つまり弥栄、これすなわち弥栄なり!!」
と、意味もなく大げさにそう言ってみる。あ、特に意味はないよ。
なんかかっこいいから言ってみたけど、少し恥ずかしい。
「え? あの…… 理解できないのですが?」
ただ天使ちゃんは何も理解できていないようだ。
「もう、それでも天使なの? 天使ちゃんは!!
つまり! あの元邪神は無我の境地に至ってより高次元に行き、我欲をすべて捨て去り、いるだけで幸運を振りまくような純粋な力のみの存在になったのよ。もう私達の事なんて気にも留めないわよ」
元邪神ギャルの行きついた先を説明してあげる。
つまり元邪神ギャルは本当の意味での大いなる意思、神となった。いるだけで幸福を振りまきすべてを慈愛する。そんな存在だ。
「さすがユー。ワシが想像してた以上の成果じゃ!」
急に神様がノックもせずに扉を開けて現れる。
「あら、神様」
「主よ、こうなることがわかっててユーを?」
天使ちゃんが尊敬の眼差しで神様を見る。私の天使ちゃんの尊敬を奪わないでくれるかしらね?
「あっ、いや、そこまでは考えてなかった。ただユーの魂を滅ぼしてしまうと、本物の邪神が帰って来た時、すぐに体を取り戻されてしまうと思うてな。封印以外ではこうするほか手だてはなかったのじゃ」
「な、なるほど! さすがは主です!!」
あれ、この神様、本当に行き当たりばったりじゃない?
「ならば、主よ、もうユーの存在は危険でしかありません。ここは我と共に封印することを提案します封印」
天使長、とうとう語尾が封印になってる封印よ。
「いや、今や封印も無理なのだよ。見たであろう、あの御業を。神ですら更に昇華させてしまうのじゃ。封印したところでどうこうできるものではあるまい。この者、ユーは神をも超えた存在となったのじゃ!」
そう、私は神を超えた、言うならばスーパーウルトラオーバー神様となったのだ。
今の私に不可能などないのだ!
「では、神様。準備はいいですね?」
神様に向かい私はそう言った。
「ああ、わかっておる」
神様も分かっているのか覚悟を決めた表情を…… 見えない。未だに逆光というか、後光というか、それで神様の表情を確認することはできない。
「主? ユー? なにを?」
ただ天使ちゃんは不安そうに私と神様を交互に見詰めていた。
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