望んだこと

つい最近、思っていた。なぜ自分は、前線から遠く離れた片田舎で、まるで女子供の様に、誰かに守ってもらっているのだろう、と。

兵役を離れてから、少し時間が経ってしまったからだろうか。それとも、若手の活躍で、もはや自分など必要なくなってしまったのではないだろうか。


そんな、もやのような思いが、噓のように立ち消えたのは、3週間前のことだった。


昼の作業を終え、茶でも飲もうかと家に戻った時、妻が私にこう言った。

おめでとうございます、と。


私が求めていた言葉だった。だからこそ、初めは信じることができなかった。しかし、手渡された紙には、ほかの誰でもない、自分の名前が書かれていた。あいにく直接受け取ることはできなかったが、確かに、私のもとにも赤紙が届いたのだ。


指定された日時まで、およそ3週間あった。いくつかやることはあったが、ひとまずを整えたかった。無精ひげにざっくばらんな髪形では、どうにも格好がつかなかった。それに加えて、隊服も仕立て直しが必要だった。恥ずかしい話ではあるが、家業を継いでからというもの、町にいた時よりも食べる量が増えたのだ。


用事を済ませるため、私は町へ出かけた。せっかくだったので、妻にも付き合ってもらった。


「だいぶさっぱりしたじゃない。眉毛のあたりとか。うん、やっぱり私とは出来が違うわね」

床屋から出るや否や、そう妻に言われた。妻とは近くで待ち合わせていたのだが、待っているのが退屈だったようだ。

「そうかな」

その通りだね、なんて言えやしなかった。

「服と髪が片付いたから、僕の用事はもう終わりだけど...久しぶりに、ご飯でも行こうよ」

妻は待ってましたと言わんばかりに、笑顔になった。

「誘っておいてこれだけ待たせたんだから、何食べても文句言わないでね」

そう言うと、妻はどこかへ歩き出した。私は急いでその後を追った。


「あっちゃー、お昼時過ぎたのにまだ混んでる。入れるかな」

妻が立ち止まった場所は、商店街の端にある、小さな洋食屋だった。私たちが出会ったばかりのころ、よく来ていた場所で、妻は子供の頃から通っているそうだ。窓から見える限りでは、今日も子供連れで賑わっている。案の定すぐ入れるわけもなく、いくらか待たされた。とは言っても、妻の思い出話を聞かされていたからか、そこまで長く感じなかった。


席に着くと同時に、妻は注文を始めた。何も見ずに、大した記憶力だと感心していると、店の人が困ったような顔で、こう言った。

「ごめんねぇ。もうお肉売り切れなのよ。作れるものなら、作ってあげたいんだけど。だけど、海老とかなら、まだあるわよ」

妻は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに注文をし直した。

「それじゃあ旦那さんのご注文は、何にされます?」

「僕も、同じもので」

分かりました、と言って、店員さんは厨房へ入っていった。

「お肉、最近は減ってるのかしら」

「初めてだよね、こんなこと」

「うん、初めて。」

少し戸惑いはしたものの、実際出てきた食事は想像通りなもので、私は久々の外食を楽しむことができた。


「私さあ、思うんだけどさ、」

食事も一息ついた時だった。


「あなたが戦争から帰ってきて、今度ここに来る時はさ、3人でまた来たいなって」

「どういうこと、」

「ん?んと、その...」

妻は珍しく言葉に詰まりながら、こうつなげた。

「周りのお客さんたち、昔の私みたいにさ、家族で、あんなふうにさ。楽しい思い出を作りに、ここに来たいなって。...私、夢だったの。だけど中々,うまくいかなかったでしょ。あなたもご両親も優しい人だから、あんまり触れなかったけど。だけどこの前、もしかしたら、と思うことがあってさ、そしたら本当に授かってるって、分かったの」

彼女はこう言っていたが、実を言うと僕自身、どこか諦めていたところがあった。しかし、いくら遅くなったといっても、子供ができた喜びは今でも忘れられない。

「僕がお父さんになるのか...なおさら頑張って、強くならないとね」

そう言って、私は妻に微笑んだ。この時自分の心に強い責任感を感じた。





















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