未来ある別れ

「それじゃあ」

「お国のために、がんばってね」


男は優しく微笑んで、置いてゆく人を抱きしめた。女の方も、体を寄せた。


「いつ頃、帰って来られるの」

「すぐにでも。ようやく僕も呼ばれたんだ。あっという間に蹴散らして、この子が安心して産まれてこられるようにするよ」


男の顔に、恐怖や緊張の気はなかった。それよりむしろ、激しい愛国の情が指先までたぎっているようだった。


女の方も、夫の出兵を誇らしく思っていた。しかしながら、胸の奥の不安を拭いきることはできなかった。


じゃあ、そろそろ、と男が言うと、女は手拭いを握らせた。赤い日の丸の刺繍が入った、美しい出来栄えのものだった。


「千人針がいいらしいのだけれど、丁度の布がなくて。でもこの刺繍、お義母さんにも手伝って頂いたから、とっても綺麗にできたのよ」


ありがとう、と男は丁寧にポッケに仕舞い込み、荷物を背負った。女の方は、何も言わずにじっと見つめていた。



「行ってきます」

男は女に背を向けて、戸に手をかけた。

「行ってらっしゃい」


春先のある朝、男は家を出て行った。













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