「タンスを処分したいんです」

ゴキヴリメロン

     記憶かなた

この町は静かである。

デパートどころかコンビニすらないこの町では、住人の大半は還暦を迎えていて、若者が移住しに来ることはほとんどなかった。年を重ね、孤独ながらに生きる老人が時の流れを待つ...そんな場所であった。


そんなこの町にも、夏は訪れた。この日、気温は39℃を超えていた。向日葵ですらうつむくような日差しの中で、大阪訛りのやかましい声がこだましていた。


「タンスを処分したいんやけど、なんとかならんか。」

男はついさっきまで遺品の整理をしていたようで、彼以外人気のない家の中には汚れた作業着が雑に置かれていた。

「ホンマか。助かるわ、あんがとさん」

相手の返事が思いのほか良かったらしく、声が上機嫌である。男はゆったりと体を起こし、渇きを潤すものを求めた。冷蔵庫をのぞいてみるも、案の定だった。男は仕方なく軽トラへと戻り、ぬるくなったミネラルウォータを手に、縁側に座った。そうしている間も、男は白いガラケーに向かって、早口でまくし立てていた。

「お宅も大変やな、こんな盆の日まで仕事なんてな。ん?まあ俺も仕事みたいなもんやけどな」

男は一口水を煽った。

「それにしてもな、あの婆さんもよくやっとったわ。いっつも講演講演ゆうていろんな所行ってさ。今時の若い奴らなんて戦争はゲームくらいにしか考えとらんに...

ほら、前にあいつの講演見に行ったことあるんだけどさ、ほとんど眠りよっとったで。修学旅行かなんか知らんけど、けったいな奴らやわ」



「ん? ああ、すまんなぁ。お宅は暇じゃなかったな。ハイハイ。それじゃ、よろしゅう頼むわ」



男はケータイをポケットに押し込んだ。強い日差しが、彼を照らした。男は少しの間、屈んだまま動かなかった。

しばらくして、男はゆったりと体を動かした。家の戸締まりをした後、運転席に腰を下ろした。

男は、この町から出て行った。



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