第十七話「自分のことなのに他人のような」
「俺は高校受験に失敗していて。滑り止めで受けた私立の高校に行くことになったんだ。正直なところ、学費の高い私立に行く気はあまりなかったんだけど、そこしか行くところがないのだから仕方がない。
俺の通っていた中学校からそこの学校に行ったのは、友人である坂本って男だった。友人って言っても会えば話をする程度で、そこまで仲の良いってわけでもなかったんだけど、知り合いが一人でもいれば心強いってもので、俺たちは時々会話をした」
俺は一旦、そこで話を止めた。彼女が話を聞いていることは、彼女の視線からもわかったのだけれど、まあ念の為、ってやつだ。
「その坂本って男は結構頭の良い……というか勉強ができる男で、彼も俺と同じで高校受験に失敗したのかと思っていた。だとしても、もう少しレベルの高い滑り止めだってあったはずなんだ。でもどうしてか俺と同じ学校に入った。
彼はここしか受からなかった、と言っていたのだけれど、最初はそれを信じていた。まあそういうこともあるだろう、って。ところが、彼がこの学校にきた理由って言うのが、彼の彼女がそこの高校の先生だったんだ。そんなのはすぐに見つかるぞ、って俺は思ったんだけれど、ところがどうして、彼は持ち前の賢さでそれを巧妙に隠していた。
一切、そんな気を見せなかった。唯一、俺にだけは教えてくれたんだけど、彼がどうして、俺の口の硬さを信じていたのかは謎なんだ。あるいは、誰か一人くらいならそのことを言っても良いと考えていたのかもしれないな。その賢い頭でさ」
アイスコーヒーを一口飲む。汗をかいたグラス、なんとなく夏を思い起こさせた。
「ここで俺は思ったんだ。彼に限らず、人はどんなことでも必ず秘密を抱えているんだ、って。それは大きいことも小さいことも関係なく、絶対に秘密を持っているものなんだって。
もしかしたら、俺だって、自分が考えていることだって、誰かにとっては聞きたくないことなのかもしれないって思ってさ。そう考えると、コミュニケーションってなんだって思ってさ。言いたいことを言う、ってだけじゃ、結局何も伝わらないんだって考えると、人生の意味ってなんだろうって考え込んでしまったんだ」
「それからどうしたんですか?」
「彼とはその高校に行っている間は友人関係だったよ。ただ、彼の秘密を知ってからは、もしかしたら彼との友情は一枚、薄い壁が間に入ってしまったかもしれないな」
「それからその人たちはどうなったんですか?」
「確か、数年前に結婚したんじゃないかな。実家の方に結婚式の招待状が来ていた気がするよ」
ここまで話をして、この話は彼女の記憶にとってなんのプラスにもならないってことに気がついた。彼女が求めているのはこんな話じゃないだろう、どう考えても。なぜ俺はこんな惚けた話をしてしまったのだろうか。
「これ、全然面白いエピソードじゃないね」
「いえ、そんなことないですよ。学生時代の恋愛なんて、私には一切なかったものですから。考えようとしたことさえなかったですよ」
俺は改めて鈴木さんの顔を見て、彼女の目を見た。彼女の顔は、俺にはとても整っているように思う。ただ、どこかしら人を寄せつけなさそうな雰囲気は持っているように思う。彼女の人生がそれを作ったのだとしたら、それはなかなかハードな人生だったのだと思う。中途半端に優男のような顔をしている俺とは、全然違う人生だ。
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