第十五話「タイミングなんて、一体誰が決める?」
駐車場でプレオの外に立って待っていると、見覚えのあるシビックが入ってくる。俺の知り合いでこのタイプのシビックに乗っているのは鈴木さんだけ。彼女がフロントガラス越しに俺を見つけると、片手をあげて挨拶をしてくれる。
俺も同じように片手を上げる。俺は別に鈴木さんのことが好きってわけじゃない。わけじゃないと思う。だけど、こうやって時々会っている。それは、もしかしたら、純粋に男女間の友情が成立している、と言えるのかもしれない。
ここはこの間、秋生君と入った店とは違う店。田舎は(あるいは郊外は)ファミレスの種類だけはたくさんある。だから、会ってくれる人さえいれば、こうやって場所に困ることはない。シビックから降りてくる彼女に近づいていく。
「どうも。お元気ですか?」
「そうですね。でも、相変わらずですよ」
「そうですか。とりあえず、中に入りましょう」
「そうですね……」
これは個人的な感情になってしまうのだが、今の俺の状況や、今の時期を考えると、正直、就職した連中とは会いにくいんだ。自分で選んでここにいるわけだから、別に負い目を持っているわけではないのだけれど。わけではないんだけれど、どうも連絡をする気にならないんだ。
多分、(これも気のせいでしかないのだろうけれど)向こうだって、こんな状態の俺と一緒にいるより、彼らと同じようにちゃんとした社会人になった連中と会って、会社の愚痴でも言っている方が気が楽だろう。
もっとも、誰も俺に気を遣う、なんてことはしないだろうけれど、それでも。それでも、俺の意識のどこかで、そういうのがあるんだろうと思う。そんな日はあまり気分が良くないから。
「最近どうですか?」
テーブルに着くと、メニューを見るより前に鈴木さんが俺にそう聞いた。まるで、俺が彼女を呼んだ理由がわかっているかのように。
「うん、そうですね。仕事はまあ慣れてきました。時々、ロクでもない客はいますけれど、そんな連中は一瞬で消えていきますからね。だから、問題は仕事じゃないと思うんです」
「先に注文しましょうか。その方がいい気がします」
彼女は微笑んでそう言う。確かに、彼女の言う通りなんだと思う。というか、彼女って幾つなんだろうな。俺は人の年齢が本当にわからない。立ち振る舞いから、俺よりは年上、というか人生経験が豊富って気がするんだけれど、どうだろうか。
「じゃあ、話の続き、しましょうか。さっきちょっと聞いた感じ、黒田さんは何かに迷われているんですか?」
「うーん……迷っている、というとちょっと違う気がします。ただ、これから先どうするべきか、ってことを考え始めているんだと思います。俺は今までそういうことに結構、無頓着っていうか、正直何も考えていなかったんだと思うんです。学生時代は特にそうですけど、考えなくても日々は流れていくし、目標や目的がなくても前に進んでいる気がするんですよね、気のせいでしかないのに。
だから、これから先のことを真剣に考えるたびにいつも手詰まりっていうか、行き詰まりを感じるんですよ。だから、仕事は慣れてきましたが、それ以外のところ、今まで見えていなかった、考える必要のなかったことを、考えざるを得ない状況になっているんだと思います。それはつまり、人生について、って意味なんですけど」
「……多分、それは良い傾向なんだと思います。私も学生時代ロクな思い出はありませんが、今ではこうやって毎日生きていいます。学校には一つも良い思い出はありません。こうやって働き始めてからの方が人生は好転しましたね。私、中学校時代はほとんど学校に行っていなかったんですよ」
何かを言おうとした。ところが、自分の人生のことから彼女の人生のこと、に頭のスイッチを切り替えることが出来なかった。こんな時にポンコツにならなくたっていいだろう。
機嫌の悪くなる中古車じゃないんだから。そんな時に、店員が注文した料理を持ってきた。タイミング、良い人、悪い人の基準。誰かに聞いてみたいものだ。でもそんなこと誰に聞く? 神様か?
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