第十二話 人生について(今の時点で)真面目に考えてみる

 彼は至って真面目そうにそう言った。


「俺次第ですか?」


 俺は至って真面目っぽくそう言ってみたが、あまりうまくいったとは思えなかった。おそらく俺と秋生くんの人生経験の差なんだろう。


「そう。人生っていのは、いつだって自分の選択で決まるものさ。正直、僕もあそこ……青木板金で働くことに後悔みたいなものもあるんだよ。後悔っていうとカッコつけすぎだな。なんていうか、それで良かったのか、っていう思いだな。


 そういうは後悔とはちょっと違う。後悔っていうのは……そうだな、僕は男子校に行ったんだけど、共学の高校に行けば良かった、とかそういうことを言うもんだ。とはいえ、それを選んだのは自分なんだから、文句は誰に言うかというと、自分に対して言うことなんだよ。


 ……なんていうか、世の中によくいる、頭の悪い連中は『誰か』に対して文句を言うことしか考えていない。もちろん、僕だって愚痴くらい言うよ。今日のこれだって、捉えようによってはそうかもしれない。それでストレスが多少なりとも減るのであればそれでいいんだよ。意味はある。


 でも……なんて言うか、俺は車を修理することが仕事だからさ、無駄なことってあんまりしたくないんだ。そんなことをしても手間が増えるだけだからさ。だから、本当は、文句なんて自分自身に言うべきなんだ。そうすれば、何か新しい道が見つかるかもしれない。


 だけど……頭の悪い連中は、その『誰か』に自分自身は入っていない。笑える話だけれど、そんなことって無駄でしかない。そして、僕の……僕たちの人生には無駄なことをしている暇なんてないんだよ。例えば夏だ」


「夏?」


「夏は好きかい?」


「そうですね、結構好きです」


「そりゃあ僕と話が合いそうだ。夏になったら一緒に花火でもしよう。……とにかく、夏だ。人生八十歳まで生きたとして、夏は八十回しか経験できない。……まあ、もちろんそこまで生きるとは思えないけれど、八十だと仮定すれば、僕たちに残っている夏は四分の三しかないんだよ。それは多いと思うかい?」


 彼は一気にそこまで喋った。それを聞いて、彼は、本当はこういう会話を誰かとしたかったんだろう、と思ったんだ。おそらく、今の職場ではこんな話はできないのだろう。


 何度か作業を見せてもらったことがあるが、黙々と作業していることが多かったように思う。彼が今日、俺の誘いにのって来たのは、純粋に俺と話をしたいというのと、彼自身の本音を誰かに言いたかったから、ということなんだと思った。


 考えてみると、俺には本音を話せる人間が誰もいない。友人たちとは疎遠になっているし(社会人なりたての苦悩している人たちと、フリーターの俺にどんな共通の話題があるだろうか?)、そんな自分にも気が引けてこちらから連絡もしてない。


「今の話聞いて、何か思うことあったかい?」


 彼はいつのまに頼んだのか、食後のコーヒーを飲んでいる。


「正直に言うと、なんだか難しい……というか、聞いている俺の頭が痛くなるような話だと思いました」


 秋生くんは面白そうに笑う。


「黒田君は正直ものだな」


「だと良いんですが、正直ものであることのメリットって何もない気がします。少なくとも、俺は今フリーターですし、そうやって生きてきて良かったことってあんまりない気がするなぁ」


「いいんだよ、それで。僕も偉そうに何かを言う立場になんか、本当はないんだよ」


 俺は食事を終えて、俺自身のことを少し考える。もちろん彼から聞いた話を踏まえて、だ。俺自身は誰かに対して文句なんて言わない(と思う)。少なくとも、今のこの現状は(おそらく)原因が自分だ。それ以外あり得ない。そして、(多分)自分がこうなるということも、少なくとも一年前にはわかっていたんだ。


 わかっていながら、何もしてこなかった。それはある方面から見れば、自分の心に対して正直である、と言えなくもないけれど、はっきり言って何も解決なんてしない。


「さあて、すっかり遅くなっちまったな。そろそろ帰ろうか」


 店を出て、俺と秋生君は連絡先を交換した。


「鈴木さんとはどう?」


「時々、ツーリングに行きますよ」


「そりゃ良い傾向じゃないか。あの人異様にこだわりが強いんだよ。だから、気に入らない人は一度会って終わりさ」


 俺はなんとも言い難く、ただ頷くだけに留めた。それを見た秋生君は愛車であるバモスに乗って、窓を開けて手を上げて走って行ってしまった。


 俺も家に帰ろう、と思ったが、プレオに乗っても少しの間、エンジンをかけることができなかった。言うまでもなく、さっきの秋生君との会話を思い出していたからだ。

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