第十一話 人生はストレートの方が少ないのかもしれない

「僕はあの青木板金で生まれた。あまり知られていないんだけど、僕は次男なんだよ。長男は……兄貴は、小学校の時から頭が良くてさ。親父は兄貴に期待していた。なんていうか、ちょっと成績が良かったり、スポーツが得意だったりすると親は子供に期待するんだよね。普段の振る舞いからもそれは伝わってくる。中学校に行っても良い成績で、それは継続していた。高校は、ここらでは進学校と呼ばれている高校へ行ったよ。僕だと門前払いのレベルだね。大学だってそうだ。僕は大学のことはよく知らないけれど、結構良い大学だって話だよ。ここからはるばる東京まで通っていたよ。そして今は……信じられないかもしれないけどさ、自動車メーカーで働いているんだ。どこ、とはちょっと言えないんだけれど。言っても、この場合はあんまり重要じゃないからね。まあ、兄貴なりの親孝行だと思っているんだろうな。少なくとも、車という共通の言語ができるからさ。でもさ……僕みたいに、親父の修理工場で働く、ってことだって十分親孝行のはずだ。そう思わない?」


 俺はそれには何も言うことができなかった。俺はサラリーマン家庭で育ったので、そう言った家業を継ぐとか継がないとかということ自体が選択肢として出てくることがなかったし、考えたこともない。


 そんな俺が、彼に何を言うことができるのだろうか? それとも、ガソリンスタンドのアルバイト店員として、第三者として意見を言うべきなんだろうか? そもそも、俺が彼に話を求めたんだ。でも、意見を求められると言うことは、おそらく、回答が必要になるはずだ。多分。


「……確かに、秋生さんみたいに家業を継ぐ、っていうのは立派な考えだと思いますよ。俺には想像もできないことです」


「だよね」


 彼は嬉しそうに笑う。


「でも、お兄さんも……多分ですけど、お兄さんなりに考えたんじゃないんでしょうか。よく考えた結果と言うか。多分ですけど。車そのものがないと修理もできないと思うんで」


 彼は少しの間だけ、呆気に取られたような表情になった。ほんの少しの間だけ。その後、考え込むような表情に変わる。でもそれも短い間だった。


「腹が減ったね。何か頼もうよ」


「そうですね」


 俺たちは飯を注文した。料理が届くまでの間、ずっと黙っていた。彼は彼で、窓から自分の愛車(だと思う)バモスを眺めていた。じっと見ていると何か答えみたいなものが浮かび上がってくるような、騙し絵でも眺めているかのように。


 俺も自分のプレオを同じように眺めてみたけれど、彼のように答え(なのかそれとも問題なのか)は何も見えず、ただ、俺のプレオの顔だけが見えるだけだった。


「黒田君って?」


「俺が何か?」


「……いや、黒田君の経歴っていうか、人生っていうか」


「俺はこの春に大学を卒業して、今はフリーターです。何もする気がなかったんです。でも、ガソスタの佐々木さんに声かけられてあそこでバイトしています」


「へえ、大卒なんだ」


 いつも、そのあとには『なんで就職しなかったの?』ってのが続く。いつも思いついた適当な理由を言っているが、秋生君はそれ以上何も続けずに、店員が持ってきた料理を食べている。まさしく、腹が減った人の食べ方だった。


 もちろん俺も働いているが、使っている力そのものが違いすぎるんだろう。彼の食事の仕方を見て、なんとなく、そう思った。確かだと思った自分の居場所が、少し揺らぎ始めている気がした。この感覚、大学四年で就職活動を始めた時と似ている。自分は確実にここにいるはずなのに、自分がどこにもいない感覚。変だよな、どう考えても今の方が不安定なのにな。どうして今、そんなことを考えるのか?


「……人生、ってさ、まあ一筋縄じゃいかないよ。俺もまだ、そんなこといえるような人生送ってないけどさ。それでも学校出てこうやってお親父の店だけど働き始めてさ。もちろん社会もわからんし、人生も何もわからないけど、とりあえず目の前のことだけは少しでもやっていこうってさ。その範囲を広げていけたらいいって思う。もちろん、兄貴のこととか、親父のこととか、考えることは多いんだ。多いんだけれど、それでもさ」


 俺は彼の表情を見ようと思ったのだけれど、彼の視線は目の前の料理に注がれている。


「俺も、秋生さんみたいに考えることができる日が来ますかね?」


「そりゃあ、君次第だろうよ」

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