第十話 人はいつも誰かに何かを話したがっている

「おお、いらっしゃい」


 俺がアオキ板金につくと、倅の秋生くんが修理場から出てくる。何度かここにくるうちに彼も俺に馴染んだのか、最初の時とは打って変わって親しんだ態度になっている。彼は人見知りする性格なのかもしれない。


「こんにちは」


「今日は?」


「なんとかって部品、っていうか事務所に置いてあるパーツを取りに行ってくれっていわれました」


 彼は俺のプレオを覗き込む。


「へぇこれが君のプレオか。なかなか渋いじゃないか」


「ありがとうございます……秋生さん、一度コーヒーでも飲みませんか」


「え? 僕とかい? 鈴木さんじゃなくて?」


 鈴木さんとはあれ以降も何度か走りにはいっているが、なんというか仲が進展している、という感じはしない。じゃあどういう関係なんだ、と聞かれるとまた回答に困るわけだが……。


「そうです。一度話をしたいんですよ」


 秋生くんは何かを図るような目で俺を見る。


「なんの話? 車について? それともアオキ板金について?」


「いや、人生についてです」


 秋生くんは人生、というワードが気に入ったみたいだった。


「いいね、今日あたりどう?」


「いいですよ、今日はバイト十八時までなんで、そのあとでいいですか?」


「そうだな、別に僕は走り屋ってわけじゃないけれど、街道沿いのファミレスでも行こう」


 やはり走り屋の基本はファミレス、らしい。俺は秋生くんが紙袋に入れてくれた何に使うのかよくわからないけれど、ガソリンスタンドに常に在庫している部品だかパーツだかをもってバイト先に帰った。



 秋生くんが指定した店は、俺のバイト先のガソリンスタンドとアオキ板金との中間くらいにある店だった。なんていうか、よくあるファミレスだ。


 例えば都会…東京でも秋葉原でも渋谷でも池袋でも新宿でもどこでもいいけれど、そこにある同じ店舗と、車で来る人がほとんどのこの店舗内ではもちろん来る人たちも違っているんだろう。話している内容だって違うかもしれない。


 でも、俺たちは単純に同じ人間なわけだから、考えていることだってそう変わりはないはずなんだ。そう思っているのは、俺が単純に世間知らずだからなのだろうか?


「やあ、お待たせ。申し訳ないね、修理の車が立て込んでね」


 ぼんやりとよくわからないことを考えていたから、前の席に秋生くんがきたことにはすぐには気が付かなかった。


「いえ、呼び出してすみません」


「とんでもない、僕は基本暇だからさ」


「普段何をしているんですか?」


「普段は……そうだな、営業が終わった後に自分の車を触っているかな」


「車が好きなんですか?」


「好きというか……興味がある、って言い方の方が近いかもしれない」


 ご注文は、と店員が近づいてくる。俺と彼はコーヒーを頼んだ。駐車場の方を見てみると俺のプレオと軽のバン、あと何台かコンパクトカーが停まっていただけだった。


「どれですか? 車」


 お待たせしましたー、と店員がコーヒーを二つ持ってくる。俺は必ず砂糖を入れるが、彼はブラックで飲みだした。


「あれ、プレオの隣の紫のバモス」


「意外です、スポーツカーかと思いました。最初に行った時マツダのスポーツカーがありましたし、日産の古いスポーツカーもあったような」


「……ああ、あれはお客さんの車なんだ」


「スポーツカーが多いんですか、やっぱり?」


 彼はコーヒーを何度か口に運び、少し考えるような表情をする。


「いや、普通の……って言い方はちょっとあれだけど、まあ普通の車が多いよ。昔から、それこそ親父の代からスポーツカーの割合だって同じようなものだと思う」


 彼はそこまで話をした後、コーヒーカップをテーブルに置いた。彼の目は、『そんなことを話しにきたんじゃないんだろう?』と言っているようだった。もちろん、気のせいかもしれないが。


「本題に入りましょうか。俺は秋生さんの人生について話を聞きたかったんです」


 彼はコーヒーカップを再度持ち上げて、空になるまで飲んだ。空のカップはカタン、と音を立ててテーブルの上に置かれた。

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