第九話 よくわからない展開は、自分にとって良か悪か?

 鈴木さんのシビックが前を走って、俺のプレオがその後をついていく。思いの外、安全運転で、俺もそれに続く。アクセルを踏んで、ブレーキを踏みながら、そう言えば、こんなふうに誰かと走るなんてことはしたことがなかったと考えていた。


 大学の時は、この車に誰かが乗るか、友人の中古のミニバンに乗せてもらうかだったわけで、基本は一台で動く。知り合いのバイクに乗っている連中は時々、何台かでツーリングに行ったとかって話は聞いたことがあるけれど、車で、ってのは聞いたことがなかった。多分これがそんな感じなんだろうな。


 最初のうちは見知った、知っている道だったんだけれど、そのうち全く知らないところに出て、あとはもうただ前走者に着いていくだけになってしまった。


 途中、ちょっとした、本当にちょっとした峠道みたいなところがあった。まさしく走り屋漫画的な、ああいう感じだ。でもそんなのも、ものの五分もしないうちに通り抜けてしまう。


 まあ千葉県には峠道なんてないって言うし、実際、俺も聞いたことがない。走り込んでいる連中なら知っているのかもしれないが、このご時世、そんな場所があっても誰も何も言わないだろう。世の中は賢くなっているのだろうか? 少なくとも、世の中が進んでも俺は馬鹿のままだと思うし、それで良いと思っている。利口な連中は自分が利口だと思っている行為を続ければ良いだけの話だ。


 内省。

 目的を持った一人の社内のドライブ、どうしてもそういう傾向になってしまう。


 前走者、つまり鈴木さんのシビックは変わらず普通に、安全運転で走っていただけで、スピードを上げるってことは一切しなかった。ただ、ブレーキのタイミングだけはそういう感じだった。スムーズなコーナリング。後ろから見ててもわかる。だからってわけじゃないけれど、俺も安心してそれについていった。


 前にも言ったような気がするけれど、別に俺は運転が上手いってわけじゃない。上手くもなく、下手でもない。まあ普通だとは思うけれど、運転を褒められたこともないし、もちろん下手くそだと言われたこともない。もっとも、そんなことを面と向かって言ってくるやつはなかなかいないんだろうけど。


 そんな感じでしばらく走った後、前のシビックが一瞬だけハザードを焚いて、その後スピードを緩めた。止まるってことなんだろうな。もちろん、俺もそれに倣う。ここで追い抜いたらただの馬鹿だろう。


 シビックの隣にプレオを止める。降りて、先に降りて二台を眺めている鈴木さんの隣に立って、俺も車を眺めてみる。俺の車は早そうな雰囲気は全くないけれど、格好良さでは隣の白いシビックに全く負けていない。


 正直、自分の車にそんなことを思うなんて初めての出来事だった。俺にとって車ってのはただのツールでしかなく、ガソリンスタンドとアパートを繋いでいるものでしかなかった。ガソスタで働いているのだってただの偶然、俺にとって車ってのはそういうものだった。


 だけど、その車を眺めている短い時間で、車が好きな連中、もちろんそこには今隣にいる鈴木さんも含まれるわけだが、その人たちの気分が今は少し、ほんの少しだけれどもわかる気がした。


「入りましょうか、美味しいんですよ、ここ」


「そうなんですね。そうですね、行きましょうか」


 これも多分気のせいだろうけれど、さっきよりも少しだけ近づいた笑顔で、彼女は俺の顔を見たんだ。



「で、アジフライ食べて帰ってきたってわけ? 海だからか? 海の幸といえば通は刺身じゃなくてアジフライなのか? 東京湾で獲れるからって?」


 翌日のガソリンスタンドにて。バイト先に着くなり佐々木さんが飛んできて、プレオの助手席に乗り込んでくる勢いだった。思わず鍵を確認したくらいだ。その必死さゆえに早く着替えて出てこざるを得なくなった。


「まあ、そうですね。その後に海まで行きましたよ。安全運転で。やっぱり、千葉県ってどこ走っても結局は海に出ますね。なんて言うか、海の良さを実感しましたよ。広くて、大きくて。まあ、青春漫画でよくあるあるように自分がちっぽけな存在だとは思いませんでしたけど」


「まあ、茨城県方面と埼玉県方面に行くと海はないけれどさ……って、そんなことはどうでも良くてさ。なんかないの?」


「何かってなんすか?」


「何か、って……それこそ青春漫画的な?」


「漫画的、つまり峠でバトルってことですか?」


「いやいやそうじゃなくて……」


 そんなどこにも辿り着かない会話をしている時にお客が来た。今はなんだかってキャンペーン中だ。出てきたお客にオイルだ車検だと営業しなければならない。


「っらしゃーせー」


「いらっしゃいませ」


 伊達に長い期間働いていない。俺には絶対に出せない『いらっしゃいませ』の言い方だ。

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