第七話 人生には時々、過去を振り返る必要がある
ここで少し俺のことを話そう。いわゆるコーヒーブレイク、というやつだ。
はっきりいって、この話がいつまで続くのかはわからない。それは単純に、これから先いつまで生きているか、というレベルの話ではなくて、もっとシンプルに、終わりどころがわからない、というだけの話だ。
そういう意味でも、ここで一旦話を休止して、これまで、を挟むことには意義があると思う。
俺は千葉県の千倉で生まれた。高校までは実家から通っていたが、思い返せばその時から『将来について』ということを考えるのを放棄していた気がする。中学校くらいから結構、そういうアンケートを取られていたが、何も考えずに適当に会社員とかそんなことを書いていた気がする。
そんなんだったから、大学受験だって適当に、千葉県にあるところを選んだだけだ。流石に実家から通うことはできなかったので、今住んでいるアパートで一人暮らしを始めた。プレオはその時に購入した次第だ。大学への通学に大活躍してくれて、今はこのガソリンスタンドへ行くのに大活躍してくれている。
言ってみれば、今のこの状況は『なるべくしてなった』状況でしかない。考えることを放棄して、あるいは考えることさえしなかったからこうなってしまっただけだ。しかし、それは悪いことなのだろうか?
望めば(もちろんそれがいいか悪いかは別としてだが)佐々木さんのように、このガソリンスタンドで社員として働くことはできるだろう。信じられない話だが、このスタンドは毎年高卒新卒採用を実施しているが、今まで一度も採用をしたことがないそうだ。しかし、その選択は正しいのだろうか? 選択したことのない人間は、選択することさえ恐怖を覚えてしまう。つまり……。
「黒田君、洗車機見てもらえるかな?」
「はい」
前にも言ったと思うが、ガソリンスタンドは結構忙しい。客が途切れる瞬間もあるにはあるが、それはいつも一瞬で終わってしまう。昼に休憩中、弁当を食べている時でさえ呼ばれることもあるくらいだ。とはいえ、一瞬、空白の時間は訪れる。そのときに俺は今までを思い返していたというわけだ。
しかし、それ以降はそんな瞬間はなく、なぜ俺は鈴木さんに声をかけてしまったのか、ということを考える暇はなかった。だから改めてそれを考えることができたのは、バイトが終わってプレオの運転席に座った後だった。
「黒田君、今日はありがとう、お疲れ様」
帰る時に窓を開けて会釈すると店長は珍しく労いの言葉をかけていったが、それは単純に一緒に出かけたからってことだろう。あとは、走りに行くのはいいが、警察沙汰になるようなことは十分気をつけろよ、というのも含まれているはずだ。
「お疲れ様でした」
俺もそれを理解しているからこそ挨拶だけはいつのも倍くらいの力で返した。プレオのアクセルを踏むと、なんだかご機嫌で、このまま家に帰る気にもならなかったのでちょっとドライブをすることにした。
俺が住んでいるのは千葉県の真ん中くらいにある場所で、東に少し走れば九十九里の海まで出ることもできる。というわけで、珍しく海にでも出てみることにした。まだ午後の三時だ、暗くなる前にまでは少し時間があるだろう。言うまでもないことだが一人で、だ。
そして、更に言うようなことでもないが、俺には彼女がいない。高校の時や大学二年くらいまではいたが、そのあと俺がろくに未来のことを考えなかったせいで離れていってしまった。まあそうだよな、と今なら思う。就活だってそうだ。二、三回ほど、運だけで面接に行くには行ったが、当然のことながら落ちて、今に至るような人間と付き合うような人がいるだろうか? いるわけないだろうな。俺自身も諦めているところもあるわけで……。結局、なんでもいいだけどさ。俺が誰といようが、結局繋がるのは俺だけだと言うわけだ。
そんなこんなで九十九里の海に着いた。ここからずっと下れば実家のある千倉まで行くこともできるが、別に行ったからと言って何がある、というわけでもない。両親だって、フリーターの倅が帰ってきても対応に困るだろう。
五月の下旬、しかも平日とくれば当然ながらこんな時に海に来る人はそんなに多くない。俺が駐車場にプレオを停めた時も数台止まっているだけだった。鍵を閉めて海まで歩く。久しぶりにきたが、やはり海を見ているとだいぶ気分が晴れていく。生まれた時から馴染みがあるからか? 理由はわからないけれど、とにかく。
波の音を聞く。今日のこと、明日のこと、これからのことも何もかも、今は考えたくない。……いや、そんな中でも考えないと行けないこともあるな。例えば今度走りに行くこと、とかね。
どのくらいの時間そこにいたのかはよくわからないが、家に帰ることにした。まだ日は高いのでそんなに時間が経っているわけでもないと思うが。思えば、こんなにのんびりとした時間は久しぶりのような気もする。大学を卒業してからはなんだかんだと毎日働いていたし、慣れない仕事を始めたせいか休みの日も寝てばかりだったような。
かと言って、あそこで社員として働くという選択を取る気は今のところないわけから困ってしまうんだよな。いつまでもこのままでいいわけはなくて、かと言ってこれといった未来への展望があるわけもない。
とにかく、何かにつながるだろう。知り合いを増やすのは悪ことじゃない。このまま留まるよりは、どこに行くのかわからないが進むことの方がいいはずだ。
……多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます