第六話 思っていることと違うことが時々口から出る
アオキ板金の事務員(?)、鈴木さんの車に乗ってガソリンスタンドに帰る途中の車中。鈴木さんと店長は前の席、俺は後ろの席に座っている。
狭いかというとそうでもなく、俺の乗っているプレオと同じくらいだと思う。この手の車にしては見た目よりも快適だろう。ただ、乗り心地は異様に悪い。
佐々木先輩の車のなかなかな乗り心地だったが、この車も似たようなものだ。多分、そう言う人たちの言う、所謂『走り屋仕様』なんだろう。しかし、店長も鈴木さんもそのことについて何も言っていないので、俺も何も言わないことにした。ここで降ろされても困るしね。
「静かですね」
信号が赤になった時、鈴木さんが俺の方を振り向いて言った。こうやって改めて彼女の顔を見ると、整っている顔立ちをしていて、所謂美人にカテゴライズされそうな人ではあった。
ただし、性格はキツそうだ。もっとも、どちらも単純に俺の感想でしかない。話が飛んでしまったが、最初、彼女は車の音について言っているのかと思ったが、俺に対して言っているようだ。意図を掴みかねているというのが正直なところだった。
「何も喋らないね、って意味だよ」
店長が助手席から振り向いて助け舟を出してくれた。
「え? ああ……。何を話せばいいのかよくわからないけれど、この車は速いんですか?」
何を聞けば良いのかなんて、さっぱりわからないので適当に。ただ、なんとなくそんな気はしたし、佐々木先輩もそうだが、この手の車に乗っている人はそういうことを聞かれたがっている傾向があると思っている。俺のわずかなガソリンスタンド歴から言って。
「そうですね」
と、言って彼女はフロントガラス越しに遠くを見る。
「速いと言えば速いかもしれません。少なくとも、車種のクラスを限定すれば、一番かと。ただ、早く走らせることができれば、ですが」
多分、彼女は『この車を運転するには技術がいる』ってことを言いたいんだと思う。自分の車にかなりのこだわりをもっているんだろう。
「僕は黒田と言います。店長のガソリンスタンドでアルバイトとして働いています」
「私は鈴木です。改めて、よろしくお願いします。車はホンダですが……」
冗談だと思うが、笑って良いものか。
「よろしくお願いします。ところで鈴木さん、貴女はこの車を早く走らせるられるんでしょうか?」
正直な話、俺はどうしてそんなことを聞いたのだろうか? その時ちょうど、信号が赤になったので、彼女は運転席から俺の方を振り向いた。
「どうでしょう……。自分では、そこそこだと思っていますけれど。だた、あんまりそういう機会がないもので」
「じゃあ、一度俺と走りに行きませんか。とは言っても、俺は中古のプレオなんで全然、速くなんてはないんですけど」
俺はどうしてか自分が思っていることとはまるで違うことを口に出していた。別に、彼女のことが気になったとか、知りたくなったなんてことは全然なくて、それよりも早くガソリンスタンドに着かないかってことを考えていたくらいだ。仕事をしたいと言うわけでもないのだけれど。
ところがどう言うわけか、勝手に口から出たことはそれだった。言うまでもないが、俺は車を早く走らせるスキルなんて全然ない。もしかしたら自転車の方が早く走らせられるかもしれないくらいだ。
「へえ、そんな風に誘ってもらったのは初めてです。良いですね。ぜひご一緒したいですね」
鈴木さんは心なしか、さっきよりも近づいたような笑顔で俺にそう言った。
「じゃあ、また」
窓を開けて、店長と俺にそう言って彼女のシビックは走り去って行った。ガソリンスタントに着いた時、俺は彼女と車の中で連絡先を交換し、いつ行くのかとかどこに行くのかとか、細かいことを打ち合わせることしたのだ。
「黒田君、なんでもいいけどさ、とにかく事故らないようにしてくれよ。今はもう時代が違うんだからさ」
「はぁ、まぁ大丈夫だと思いますよ。別に俺、全然早くないですし、それにプレオだってオートマですし」
「あのプレオはCVTじゃなかったか? ま、それはいいか」
CVTってなんですか? って聞こうと思ったがやめた。家に帰って自分で調べよう。どうしてかわからないが、そうした方がいい気がする。多分、今日の出来ことが影響しているんだろうと言う気はするが。
「しかしさぁ、黒田君が鈴木さんみたいな人が好みだとはね」
店長がニヤニヤしながら俺に言う。
「はぁ」
なんて言おうかと思っていたところで彼が佐々木さんに呼ばれてしまったので話はそこで終わってしまった。
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