第二話 先のことはあまり深く考えてはいない

「板金屋?」


「そう、板金屋。なんて説明したらいいかな……黒田くんは何乗ってたっけ? ムーブだっけ?」


「プレオです。スバルの。初期型の」


「そうかプレオか、良い車だよね。独立懸架だし、四気筒だしね……まあそれはいいんだけど、たとえば後ろのフェンダーをぶつけたとするだろ? 車庫入れとかでさ?」


「はあ」


「塗装が剥げたとかいうレベルじゃなくて、ボディまで傷付いちゃった時とかに、そこのボディを修理するんだよね」


「へえ」


「と言っても、大掛かりな修理ではないんだけど、フェンダーとかってぶつけたり引っ掻いたりして傷がついたら、大体が塗装まで剥げちゃうから、一旦その傷を修理してからもう一度塗装ってなるんだけど、色を合わせるのが結構難しくてさ。新車ならともかく、だいたい乗っているうちに色が変わっていっちゃうんだよね。日焼けとか、いろいろあるわけ。うちでも、簡単な塗装とかはできるよ? 一応、用具は一通り揃っているからさ。でも、やっぱり本職の板金屋さんに比べると全然ダメだね。経験値の差。車好きな人が見たら直ぐわかると思うよ」


 彼からがこういう話を聞くと、彼は車が心底好きなんだろうな、と思う。俺は単純に羨ましい。だって、俺にはそこまで好きになれそうなものが存在しそうにないから。


「……車って、面倒なこと多いんですね」


 俺がそう言うと佐々木先輩は大声で笑った。少し乾いた、諦めが入っているような笑いだった。それを聞いて、今まで聞いていた板金のことはすっかり忘れてしまったが、彼も車に取り憑かれた一人であることは間違いがなさそうだった。


「多いよ。でも、その代わりと言っちゃなんだけど、魅力も多いんだよ。単純に金もかかるけど、楽しいんだよね」


 俺はそれには何も答えなかった。というか、答える術がなかった、と言う方が正しいのかもしれない。俺は正直、車がそんなに好きと言うわけでもない。


 時々、今乗っているプレオを褒められることがあるが、特にこだわって買ったわけではない。車が必要になったから、中古販売店に行って、店員に『この車なら今下取りで入ってきたばかりなので、かなりお安く出せますよ』と言われるまま安価で買ったに過ぎない。


 でも、車好きに言わせると結構珍しいグレードらしく、アルミホールの間からブレーキを眺めて喜んでいるシーンを見ることがある。彼ら曰く、軽自動車でリアブレーキがディスクなんて珍しい、とのこと。俺はその価値がいまいちよくわからないが、今日日の軽自動車と比べると長いボンネットは、確かに格好良いのかもしれない。燃料がハイオクなのが玉に瑕なのだが。特に、俺みたいにただでさえ金がないような男には。


「佐々木ぃ」


 俺が佐々木先輩に何かを言おうと思った時、店長が彼に声をかけた。店長は……当然と言うかなんと言うか、雇われ店長だ。しかし、その手の店にしては彼は良い人だった。なんて言ったって完全に無職になる予定だった俺を採用してくれた人だ。そりゃあ感謝もする。


「はい」


「今日は俺が青木さんのこと行ってくるからさ。店頼むよ」


「はあ」


 佐々木先輩がどうでもよさそうに答える。最初のうちはよくそんな態度ができるもんだ、と思っていたが、俺も働いているうちにその理由がわかってきた。それはまあそのうち語る気になったら語る。


「この車、運転していくんですか?」


 俺が店長に聞くと、店長は困ったような顔を浮かべた。


「そうだなぁ、積載持ってこようかと思ったけど、乗れそうだよね。どう思う?」と、佐々木先輩に聞く。それを見ていると、なんだかんだ言って店長と佐々木先輩には信頼関係があるんだろう、と言う気がする。彼が次期店長になれるのかはどうかはわからないが。


「うーん、俺もそう思います。見た目ほど酷くない気がします。走れるんじゃないかなぁ」


 佐々木さんが答える。俺には全くもって理解できない次元の会話だ。というか、車って結構綺麗に見えるものだけれど、こうやってみると本当にすぐに傷がついちゃうものなんだろうな。もちろん、俺のプレオにだって細かい傷は結構ある。


 たまーに営業時間が終わった後、佐々木先輩の車と俺のプレオを手洗い洗車することがあるんだけれど、想像以上に傷がついているものだ。佐々木先輩曰く『車っていうのはそういうものなんだ』とのことだが、どうだろう。そういうものとは言え、自分の許せる範囲ってことなんだろうか?


「じゃあ、黒田君も一緒に連れていってもらえませんか? 今後こういうこともあると思うので」


 俺は驚いた。正直、自分がこの会話に入っているとは思っていなかったからだ。

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