残酷な連鎖(二)

『……一つ、忠告をしておくよ』


 案内鳥が珍しく真面目な口調で言った。


『キミ達の強さなら女の管理人と、上手くいけば弓を使う管理人までなら倒せるだろう。だけど絶対に、生者の塔の前で待機している管理人に手を出してはならない』

「そいつは何だ?」


 まだあいつを見たことがないらしいマサオミ様へ、ミズキが説明した。


「半人半獣の怪物です。間違い無く管理人の中で一番強いでしょう。手合わせをした訳でもないのに、震えるほどの威圧感を放つ奴でした」

『そう、まさに怪物と呼ぶに相応しい相手だ。管理人達はね、仕事を長くやればやるほど強く変貌していくんだ。生者の塔の前の彼は、現世時間で五十八年前に死んで、それからずっと管理人をしているんだよ』


 現世時間で五十八年。第一階層の時間に戻したら途方も無く長い時間だ。


『彼の強さは桁外けたはずれだ。真正面から戦えば必ず全滅する。だからさっき言ったように、走って逃げるしかないんだよ。例え仲間の誰かが犠牲になったとしても、全滅するよりマシだろう?』


 場に重苦しい空気が流れた。


『もっと言えば、管理人は誰も倒さない方が良いのかもしれない。救う為には倒さなきゃだけど、でも……。キミ達はひょっとしたら……。いや……』


 鳥が言いよどんだ。マサオミ様が急かした。


「何だ、言ってくれ」


 鳥は溜め息らしきものを吐いてから、歓迎できない未来を口にした。


『キミ達のうちの誰かが、次の管理人に選ばれてしまうかもしれない』

「!?」


 全員が息を吞んだ。


『第一階層の管理人は三人と決まっている。減った分は補充される決まりだ。倒した後に誰かが死んで、それが相応しい魂だった場合、その人が次の管理人になってしまうんだ』

「相応しいとは?」

『高い戦闘能力と、神器の装着に耐えられるだけの精神力の持ち主。本体が狂ってしまったら、仮面の命令は無効になるらしいから』

「俺達が相応しい魂だと言うのか?」

『うん。普通はさ、十人くらい戦える人間が揃って、やっと新人の管理人を倒せるってレベルなんだけどね。キミ達は数人で倒してしまいそうなくらい強い。これでは五年前の再現だよ』

「五年前?」


 鳥は俺の方を見た。


『僕が案内人になる前の出来事だよ。だから直接見てはいないけど……、五年前に凄まじい腕をもった、弓使いの魂がここに落ちたんだよ』


 五年前に……弓使い?


『彼は同時期に彷徨さまよっていた他の数人を仲間に加えて、魂達のリーダーになったんだ。そして短期間で二人の管理人を倒した。結局その後に、生者の塔の前で仲間もろとも、最後の管理人に殺されてしまったけれどね』

「その弓使いって、もしかして……」


 セイヤとミズキも俺の顔を見た。五年前。俺が十二歳の頃だ。


『彼は死んだ後に、自分が倒した管理人の代わりになった。選ばれてしまったんだ』


 マサオミ様が言った。


「そいつがあの男の射手。エナミの親父さんか」


 父さん……!


『前は管理人を倒せるチャンスだなんてあおったけれど、今は倒さない方がいいと進言するよ。空きができてしまったら、そこにキミ達の誰かが補充されてしまう』

「誰も死ななければ良いだけだ」

『無理なんだよ。最後の管理人は強過ぎる。誰も死なないなんて不可能だ。だから、管理人は誰も倒さずに生者の塔へ向かった方がいい』

「マホを放って行けない」

『彼女を殺して救っても、最後の管理人に殺されて、今度はキミが管理人になるのがオチだよ?』


 マサオミ様の強さなら、管理人に選ばれる確率が高いだろう。

 大切な人を救って自分が次の管理人になる。なんという残酷な連鎖なんだろう。


「……………………」


 マサオミ様は唇を噛んで黙ってしまった。

 どうすることが最善なんだ? 誰も分からなかった。俺にだって。


「畜生!」


 マサオミ様は小さく怒鳴って山道を登って行った。

 残った皆は顔を見合わせて、ミズキがまとめた。


「頭を冷やしに行かれたのだろう。今は独りにして差し上げよう」

「ああ。エナミは……、大丈夫なのか?」

「正直言って大丈夫じゃない。いろんなことがグルグル頭を駆け巡っている」

「だよな。どうするか聞かれたって、急には決められないよな。こんなこと……」


 父の死はいきなり訪れた。心の整理がつけられないまま遺体と対面し、埋葬に立ち会った。

 もう一度会いたい、もう一度話したいと何度願ったことか。

 それが、こんな……。こんな再会なんて望んでいなかった。


「今日は俺が見張りをするよ」


 セイヤが切り出した。


「ミズキは休んでいてくれ。まずは怪我を治さないとな。そこで寝ている州央スオウのガキも含めて俺が見ているよ。エナミは……自由時間だ」

「自由時間って」

「好きなことしろよ。寝てもいいし、景色を眺めてぼ~っとしててもいい。おまえもミズキも地獄へ落ちてからずっと、人の為に動いていただろ? 少しはゆっくりしろよ」

「セイヤ……」


 ランやセイヤの捜索、タイムリミットに管理人との戦闘。確かに忙しく動き回って気の休まる暇が無かったな。

 そして今、新たに大きな問題に直面してしまった。勘弁してくれと大声で叫びたい気分だ。ここはセイヤの言葉に甘えておくか。


「ちょっと上まで登って、ぼ~っとして来る」

「それがいいよ。こっちのことは気にすんな」


 ミズキとトオコが軽く手を振ってくれた。皮肉なものだ。地獄へ落ちて状況的には最悪なのに、流寓人りゅうぐうびとの俺に仲間ができた。

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