残酷な連鎖(一)

「そんなこと、できる訳が有りません! エナミのお父さんなんですよ!?」


 俺の代わりにセイヤがマサオミ様に反論した。


「大切な家族と殺し合うなんて!」

「大切だからこそ、終わらせてやるんだ。俺は必ずマホを殺す」

「マホ……様?」

「ああ。鎌を持った女の管理人は獅子座シシザマホ。俺の相棒だ」

「!……」


 セイヤは俺とミズキの顔を交互に見た。俺達は重く頷いた。


「そんな、マホ様まで……。そんな!」


 セイヤは両手で頭を抱えた。


「余計にできませんよ! イオリおじさんにマホ様まで!!」

「ならどうする? 管理人が存在する限り生者の塔は遠い目的地になるぞ。あいつらは俺達を現世に返したくないらしいからな」

「きっと他に方法が有るはずですよ! なぁ案内人、管理人を倒さなくても生者の塔へ行けるんじゃないか!?」

『行けるよ』


 あっさりと鳥に肯定されて、全員が驚いた顔をした。何の為に今まで必死に仲間集めをしてきたんだ。

 俺が鳥に聞いた。


「行けるのか?」

『うん。と言うか、過去に生還できた魂は、ほとんどが管理人と戦っていないよ』

「戦わずにどうするんだ?」

『まずは仲間をできるだけ多く集めるんだ。二十人以上は欲しいところだね』


 戦わなくても仲間集めは必要なのか? 訳が解らない。


『それで生者の塔の近くまで行ったら、全員で一斉に塔まで走るんだ。あとは恨みっこ無し』


 恨みっこ無し……? 嫌な予感がした。


「それは、つまり……」

『ああ。仲間が管理人に襲われている隙に駆け抜けるんだ。上手くいけば一人か二人は生還できる』

「馬鹿野郎! それって仲間を囮にするってことじゃねーか!!」


 セイヤが鳥を怒鳴りつけた。彼には囮に準じる言葉が禁句だ。


『僕を責めないでよ。質問に答えただけだよ? 管理人を倒さずに生者の塔へ辿り着くには、それしか方法が無いんだ』

「それはできない」


 ミズキが冷静に口を挟んだ。


「男の管理人は強い者を優先的に狙う傾向が有るが、女の……、マホ様は無差別に攻撃して来る。足の遅いランが真っ先に狙われるだろう」


 トオコが青い顔をしてランを抱きしめた。マサオミ様は苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「生前のマホは子供に危害を加える真似なんざ、絶対にしなかった……」

『仕方が無いんだ。管理人達は仮面に意思を奪われてしまっているから』

「あん? どういうことだ?」

『あの仮面は武器と一緒に、地獄の統治者が造ったいわゆる神器と呼ばれる物なんだけど、考える能力が付いているんだ』

「仮面自体が生きているのか!?」

『いや生命体ではないよ。考える能力は、仮面に組み込まれた機能の一つ。そしてこの機能は成長するらしい。最初は単純な行動しかできないけど、戦闘を重ねる度に学習して少しずつ賢くなっていくんだ』


 マホ様は新人の管理人。仮面の経験値が低いということか。


「仮面に支配されてしまっているのか? しかし獲物の扱い方はまさしくマホだったぞ」

『戦う技術は本体である人間のものだよ。あくまでも意思が封じ込められているだけ。仮面が出す命令に本体は逆らえないんだ』

「ちょっと待て」


 マサオミ様が身を乗り出した。


「封じ込められているってことは、仮面を破壊すれば本人の意思を解放できるってことか!?」

『うん』

「それを早く言え! 殺さずにマホを救えるじゃねーか! エナミの親父さんも!」

『……キミにはまだ教えていなかったね。管理人はキミ達とは違い、一度死んだ人間なんだ。だからどうやっても現世に戻ることはできない。今は仮面から生命エネルギーの供給を受けているから動けているだけ』

「……………………」

『仮面に組み込まれた機能は二つ。考えることと、装着者を生かすこと』

「仮面を破壊すれば、マホも死ぬのか……?」

『与えられた知識によると、すぐには死なない。体内に蓄積された生命エネルギーが尽きるまでは動ける。それでも、せいぜい保って一日だね』

「一日……」


 マサオミ様は肩を落とした。その様子を見て感じた。彼も本当はマホ様を殺したくないのだ。


「それでも、マホにこのまま管理人を続けさせる訳にはいかねぇ。止めないと」

『管理人が魂を刈り取る行為は罪を増やすことにはならないよ? 統治者に与えられた仕事だからね』

「そういう問題じゃねぇ! マホに子供を殺させたくねぇんだ! あいつだって現世では母親なんだ!!」

『……そっか、ごめん』


 案内鳥が項垂うなだれた。素直に自分の失言を反省しているように見えた。


「話は最初に戻ったな。俺はマホを殺す。この第一階層で管理人として、永遠に彷徨さまよわせるよりよっぽどマシだ。あいつの魂は次の段階へ進まなければならないんだよ」

『そうだね、それは必要だ。下の階層についての知識は与えられてないから僕の想像だけど、きっと下へ落ちた魂達は、現世で犯した罪に合わせた罰を受けているんだと思う。罰はつらいものだろうけど、それによって魂が洗われて、いつか許される時が来るんだろう』

「魂のみそぎか……」

『うん。ここに居る限りは許しは永久に訪れないね。殺して下へ送ってあげることは、管理人にとっての救いなのかもしれない』


 マサオミ様の瞳に再び強い決意の炎が灯った。


「エナミ、おまえさんも覚悟を決めろ。できないと思うならその瞬間が来た時に目を閉じていろ。俺が代わりにやってやる」

「いいえマサオミ様」


 俺はきっぱりと言った。


「俺も戦います。父を救う為に」


 マサオミ様がふっと笑った。哀しい笑みだった。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。

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