桜里集結!

 山の中腹へ俺達はやってきた。

 すぐにランが駆け寄ってきて俺に抱き付いた。心配させたな。おかっぱ頭を撫でてやった。


「あのね、おにいちゃんがおねんねしてるの。ちがドバーッなの」


 州央スオウ兵マヒトのことだろう。トオコが困ったような顔で説明した。


「このコ、いきなり来てみんなの危機だから手を貸せって。それだけ言って倒れちゃったの」


 俺のハチマキの他に紫色の布切れがマヒトのふくらはぎに巻かれていた。トオコがまた服の裾を切り裂いてくれたのだろう。

 マヒトの顔色は悪いが、こいつは腕を斬り落とされても生き延びた男だ。今度もきっと大丈夫だろう。


「あら、そちらの方は?」

上月コウヅキマサオミだ。よろしくな」

「は、はい。よろしく……。トオコです」


 物怖じしないトオコが珍しく狼狽うろたえていた。マサオミ様の強い気に当てられたか?

 いや、ガキばっかりの所に大人の男が登場して、意識してしまったのかもしれない。だとしたらちょっと悔しいな。


「この子はラン。二人とも民間人で、末比マツビの街の住人です」

「あたらしいオジちゃん……?」

「こら、オジちゃんは駄目。とっても偉い人なんだよ」

「はははっ。構わんさ。その子からみたら俺はオジさんに違いねぇ!」


 マサオミ様はしゃがんでランに挨拶した。


「マサオミおじちゃんだ。よろしくな、ラン」

「よろしく……」


 ランは照れて俺の腰に顔を埋めた。ヨモギも尻にすり寄ってきた。違う。遊んでいるんじゃない。


桜里オウリの人間はこれで全員だな。おぅ、案内人も居るじゃねーか。元気か?」


 マサオミ様は大樹の枝に留まる案内鳥に気づいた。こいつも隊の一員になりつつあるな。


『おかげさまで。キミも無駄に暑苦しいね?』

「ははは。皮肉は相変わらずだな。いつか羽をむしるからな」

『ったく! 僕を食べようとしたことは絶対に許さないからね!』

「わりぃわりぃ。地獄では飲食不要なことを知らなくてな。食えるうちに食っておくというのは兵士の習性なんだよ」

『そんなことをしようとした兵士、キミだけですけど!?』


 いろいろ有ったようだな。喋る鳥を食べようとしたマサオミ様の豪胆さに、俺の口がポカンと開いた。


「んで、そこに寝転がっているのが例の州央スオウ兵か。ずいぶんと若いんだな」

「私が現世で斬った相手です」


 いつの間にか追い付いていたミズキが言った。セイヤに助けられながら彼は地面に座った。


「ふぅん。おまえさんと因縁の有る相手か。マホのことといい、厄介だな」

「もう一つ、エナミのことも有ります」

「エナミ?」

「彼が討った真木マキイサハヤも地獄に落ちていて、我々と一時的に交流を持ちました」

「!」


 マサオミ様の目が一瞬見開かれた。


「そうか、真木マキさんも来ていたか。まだ死んでなかったんだな。……やり合わなかったのか?」

「そうならないように別行動を取ることにしました」

「賢明な判断だったな。真木マキさんは個人的に嫌いな相手じゃないんだが、現世に戻ったらまた殺し合わなくちゃならん。若いおまえさん達には気持ちの切り替えが難しいだろう」

「それと……」


 ミズキは俺の顔を見ながら続けた。


「あの男の射手を、エナミは父さんと呼びました」

「ええっ、父さん!?」


 セイヤが大声で聞き返した。


「噓だろ、あれがイオリおじさんだって言うのか!?」

「父の名はイオリか。どうなんだ、エナミ」


 そんなこと尋ねられても、俺だってまだ考えがまとまっていないんだ。


「……違うと思う」


 これは願望だった。


「案内人、ここはカザシロ地方と繋がっているんだよな?」

『そうだよ』

「なら父さんじゃない。父さんは村で眠っている。村はヤシロ地方だ」

「エナミ、おじさんは確かに村で埋葬されたけど、亡くなったのは……」


 遠慮がちなセイヤの発言で、俺は思い出した。つらくて封印していた記憶を。ああ、何てことだ……!


「そうだった。父さんはカザシロ地方で殺されたんだった」

「殺された、とは?」


 静かな口調のマサオミ様に聞かれて、俺は過去を吐露した。


「……父は狩人で、毛皮を売りに一人で街へ行商に出たんです。俺が十二歳の秋のことでした。たぶん行き先は末比マツビの街だったんだと思います」

「マツビ……?」


 不安そうに俺の顔を覗き込んだランを離してトオコに預けた。


「行商の帰り道に、売り上げ金を狙った盗賊団に襲われたんです。父はカザシロ平原で盗賊団の死体と一緒に、巡回していた桜里オウリ兵に発見されたそうです」

「カザシロ兵団詰所の兵士か」


 俺とセイヤが入団手続きをした所だ。


「発見時は意識が有って自分のことを話せたらしいですが、刃物傷の出血が止まらず、詰所で処置を受ける前に亡くなったそうです。兵士の方が荷馬車で遺体を村まで運んでくれました……」


 遺体はヤシロ地方の村に。しかし父が死んだ場所はカザシロだった。魂は俺達が今居る、ここに落ちたんだ。五年も前に。


「しかしカザシロ地方は広い。死んだ人間だけで考えるなら大勢居るだろう。管理人が親父さんだと思える根拠は有るのか?」

「射形が……、矢を撃つ動作が同じでした。俺の弓の師匠は父なんです」

「私も見ました。エナミと管理人の射形はとてもよく似ていました」

「それに……、父と昔やった技が管理人相手に成功したんです。あれはよく知る相手と、二人で息を合わせないとできない技なのに」

「あの空中で矢同士をぶつけるやつか……」


 マサオミ様は腕組みをして少し考えてから、俺に尋ねた。


「それで本当に父親だった場合、おまえさんは管理人を倒せるのか?」


 俺は即答できなかった。管理人は倒すべき相手なのに。


「言い方を変えよう。殺せるのか? 父親を」


 俺は息が詰まった。殺す? 父さんを?

 管理人は一度死んだ人間だ。地獄を統治する大いなる存在によって、仮初かりそめの命を与えられて第一階層に留まっていると案内鳥が教えてくれた。

 もしも男の射手が父さんだったら……。


 盗賊に斬られて長く苦しんで死んだ父さんを、俺はもう一度殺すことになるのか?

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