乱戦の行方(四)
「せやぁっ」
大地を蹴り、マサオミ様は女管理人へ接近した。
女は鎌を構えようとしたが、マサオミ様の方が速かった。
女は左肩から右胸を斜めに斬られた。管理人が纏う《まとう》白い装束に赤い線が刻まれた。
返す刀で水平に一閃。腰にも赤いラインが生まれたが、これは浅かったようだ。
「くふっ」
苦しそうに呻いて、女は空中に飛んで逃れようとした。そうはさせまいとマサオミ様は距離を詰めるが、女の上昇速度が急に上がった。
男の管理人が女の左腕を掴んで引っ張り上げたのだ。俺と、そしてセイヤが遠距離射撃を試みたが、二人の管理人はあっという間に射程圏外まで飛んだ。逃げると決めた時の奴らは素早い。
「マホ、戻れ! マホ!!」
マサオミ様が声の限り叫んだが、彼らは雲の中へ姿を消した。
「……くそっ、くそっ、くそぉ!!」
マサオミ様が太刀を大地に突き刺して呻いた。
女の管理人は本当にマホ様なのだろうか? 彼女はカザシロの戦いで重傷を負い、マサオミ様に背負われて軍医の元へ運ばれたはずだが、間に合わなかったのだろうか?
とても聞けることではなかったので、俺はミズキの介抱を優先することにした。
「ミズキ、大丈夫か?」
「死ぬ怪我ではない。マサオミ様の傍へ連れて行ってくれ」
俺はミズキに肩を貸して彼の望み通りにした。ヨモギも後を付いて来た。
「マサオミ様!」
ミズキはマサオミ様の前へ行くと、片膝をついた。肩を貸している俺も自然と同じ姿勢になる。おいおい、あんた太股に矢が刺さったままだぞ。
「貴方様まで討たれて地獄へ来てしまうとは。小官の力及ばず、申し訳ありません!」
流石は正規兵。マサオミ様の登場を喜んでしまった俺とは違うな。
マサオミ様はミズキと俺の顔をしげしげと眺めた。
「やっぱりおまえさん、あの時の兄ちゃんか。おいボウズ、感謝しておけよ。この兄ちゃんがしんがりで頑張ってくれたおかげで、おまえさん達を軍医の元まで運べたんだぞ」
察するところ、兄ちゃんがミズキでボウズが俺のことだよな。感謝とは?
「ミズキ、しんがりっていつのことだ?」
「……カザシロの戦いで、おまえとセイヤが斬られた後だ。森に火を放たれた
「兄ちゃんがそいつらを食い止めてくれたから、多くの
「向かって来た
知らなかった。早く言ってくれよミズキ。ある意味、あんたは俺とセイヤの命の恩人じゃないか。
「ああ俺もそうだわ。軍医の顔見た途端に意識が飛んだ。あいつは俺の幼馴染だから気が緩んだかな」
「マサオミ様も斬られたのですね。すみません、私が討ち逃した
「違う違う、俺は斬られてないから。ぶっちゃけ、どうして瀕死になってここに居るのかよく判らん。退却途中で煙を吸い込み過ぎたかな?」
軽い……。
「おまえさん達、名前は何だ?」
「ミズキ小隊長です!」
「エナミと申します!」
「そうか、ミズキにエナミ。他に仲間は居るのか?」
「はい。
「ワホッ」
ヨモギが吠えた。
「……あと、そこの狼です。名前はヨモギと言います」
「灰色なのにヨモギか。面白い隊編成だな。しかし、民間人か……」
「はい。彼らも何とかして現世へ戻してやりたいのですが、我々だけでは戦力が足りません。是非ともマサオミ様のお力添えをお願いしたい所存であります」
「……………………」
マサオミ様は
「おまえ達は地獄で、マホと戦ったか?」
「……あの女性の管理人とでしたら二度。エナミに至っては三度遭遇しております」
「そうか。下手に捜し回るよりも、おまえ達と一緒に居た方が出会える確率は高まるかもな。あの男の管理人と手を組まれたら、一人では対処が厳しそうだしな」
俺は恐る恐る確認した。
「あの仮面の女性は、
マサオミ様は眉間に皺を寄せて答えた。
「あぁ、間違いねぇ。持っている獲物は違うが、マホの薙刀の構えと同じだ。体型も。俺があいつを見間違えるはずがねぇ」
構えが同じ。俺にも思い当たる人物が居た。考えると胸が苦しくなる。
「マホは俺が仕留める。あいつは意味の無い
「エナミぃ~~~っ!」
野太い声がマサオミ様の決意表明を中断させた。セイヤがこちらへ向かって駆けて来る。管理人が戻って来ないと判断したのだろう。
「大丈……、おわっ、マサオミ様!?」
セイヤが驚いて仰け反った。遠目でも白いラインが多い軍服で高官だと判っただろうが、まさか大将のマサオミ様だとは思わなかったようだ。
「よぉ! これからは俺も隊に加わる。よろしく頼むぜ!」
「ホントっすか! やった! マサオミ様が居てくれるんなら百人力だ!! うわっ!? ミズキ、足に矢ぁ刺さってんぞ!!」
忙しい男だ。
セイヤは自分のハチマキでミズキの太股の上の方を強く縛り、それから矢を抜いた。ミズキは無言で激痛に耐えた。
「……すまん、助かった。マサオミ様、こいつはセイヤと言います。セイヤ、おまえがヨモギを呼んでくれたのか?」
「いや、あのガキの
「あの足でか!? 奴は正気か!?」
奴の傷はミズキより深かった。出血量も相当だった。そんな無茶をしてヨモギを呼んでくれたのか。
「
「あ、はい……。お気に召さなければすぐに追い出しますが」
「いや、いい。そいつ協力してくれたんだろ? 怪我もしてるみたいだしな」
流石だ。イサハヤ殿もそうだが懐が深い。大将になれる人は無駄な殺生をしないんだな。そして殺すと決めた時は迷わず遂行する。女の管理人と対峙した時のように。
「ひとまずお前たちの陣地へ連れて行ってくれないか? 状況を把握したい」
「はいっ、ご案内します!」
「あんたじゃ無理だよミズキ。エナミ、俺達は後から行くからおまえが先導してくれ」
セイヤがミズキに肩を貸した。身長差がほとんど無いのでしっくりしていた。
「了解だ。マサオミ様、こちらです」
管理人を討ち取ることはできなかったが、俺達は強力な味方を得ることができた。
あの男の射手のことは、今は考えたくない。
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