乱戦の行方(三)

「父さん……」


 もう一度呟いてから頭を左右に振った。

 馬鹿なことを考えるな。そんなことが有ってたまるか。


「エナミ?」


 足を引きずってミズキが近付いて来た。抜くと出血が酷くなると考えたのか、太股に矢が刺さったままだ。


 俺は射手の管理人に目線を定めたまま、ミズキへ撤退を勧めた。


「あんたも退け。その傷ではもう戦えない」

「何所へ退けと? おまえ一人ではすぐに殺られる。セイヤの元へ逃れても、鎌や溜め矢で吹き飛ばされるだけだ。」


 その通りだ。だからと言って戦い続けることもできない。

 完全に詰んだ。

 横目で見ると、動きを止めていた鎌の女が構え直していた。攻めて来る気だ。


「エナミ、最期の瞬間まで諦めるなよ。戦況は些細ささいな出来事ですぐに変わる。戦い続けるんだ」

「……やってやるさ」


 俺達が死ねばセイヤとマヒトも殺られるだろう。ランが帰りを待っているんだ、引く訳にはいかなかった。


 先手必勝。俺は射手に顔を向けながら鎌の女へ矢を放った。フェイントだ。

 不意打ちに弱い管理人は、矢をギリギリでかわして体制を崩した。そこへミズキが斬り込んだ。

 ……駄目だ。負傷している彼にいつもの速さは出せなかった。管理人は鎌でミズキの双刀をあっさり弾き返した。


「くっ」


 苦悩の表情を浮かべてミズキはよろめいた。彼のフォローをしようとする俺に、上空から射手の矢が飛来する。くそっ、邪魔だよ!

 俺と射手の男は撃ち合った。今度は俺の矢が空中で弾かれた。

 何なんだよ、おまえ。やめろ、父さんを思い出させるな。


「あぐっ」


 小さく叫んで、ミズキの華奢な身体が横へ飛んだ。回避行動で飛んだんじゃない。管理人の鎌の威力で吹き飛ばされたのだ。

 糸の切れたマリオットのように、ミズキは草原をゴロゴロ転がった。もう受け身を取れなくなっていた。


「ミズキ!!」


 うつ伏せになった彼は起き上がろうと両手を支えにしたが、下半身に力が入らないのか、腕立て伏せに近い姿勢で固まってしまった。

 そこへ悠々と鎌の女が歩いて近付いた。


「やめろ!」


 射手の男と対峙している俺には叫ぶしかできなかった。

 女はゆっくりと鎌を振りかぶった。


「やめてくれ!!」


 俺の声に呼応するかのように、視界の隅で何かが動いた。

 それぞれ違う方向から灰色と赤、二つの塊が草原を猛スピードで駆け抜けてこちらへ向かって来た!


 ワオォォォン!


 灰色の塊が鎌の女に体当たりした。ヨモギだった。

 大振りの構えを取っていた為に反応が遅れた女は、狼の突進をまともに喰らって後ろへ倒れた。

 グルルと短く唸ってヨモギは追撃した。女の右腕に嚙み付き、顎を揺らす。鮮血が飛び散った。

 女はヨモギを左手で突き飛ばして逃れたが、右腕から大量の血をしたたらせた。


「そこまでだワン公! そいつは俺の獲物だ!」


 尚も攻撃を仕掛けようとしたヨモギを止めたのは、活力みなぎる力強い声だった。それは混乱する戦場を一括するかのように響いた。

 知っている。俺はこの声にかつて鼓舞こぶされた。興奮する心臓を抑えて振り返ると、そこには……。


「マサオミ様!?」


 見間違いではなかった。赤い生地を白で大きく縁どりをした、大将の装束を身に着けたマサオミ様が草原に立っていた。

 マサオミ様まで討たれたのか。そう気落ちするよりも、俺は再会できた喜びの方が大きかった。イサハヤ殿を見た州央スオウ兵の気持ちが痛いほどによく解った。

 成人したとはいえ俺はまだ十代のガキだ。仲間達もそうだ。不安だったのだ。圧倒的な強さと指導力を持った大人の保護を、心の何処かで願っていた。ランと一緒だ。


「マサオミ様……」


 ようやく座る姿勢までもっていったミズキも感嘆の台詞を漏らした。

 案内鳥が教えてくれた、強者つわもののはぐれ武者とはマサオミ様のことだったのだ。


「おう、おまえら。再会の挨拶は後だ。俺にはやらなくちゃならんことが有ってな」


 やるべきこと? ああ、マサオミ様は何かの目的を持って、いろいろなエリアを移動していたのだったな。

 その時、射手の男がマサオミ様に矢を射掛けたが、彼は簡単に抜き身の太刀で弾いた。


「邪魔すんじゃねえよ。俺の相手はおまえじゃない」


 マサオミ様は鎌の女を正面から見据えた。気のせいだろうか、女の腰が引けているように見えた。まだ刃を交える前から、管理人はマサオミ様が強いと判ったのだろうか?


「……やっと見つけた」


 マサオミ様の探し物は女の管理人だったようだ。地獄に落ちてから何度か戦っていたのだろう。その時に同行者を殺されるかして、煮え湯を飲まされたか。

 しかし事態は想像以上に複雑だった。俺はマサオミ様の次の言葉に度肝を抜かされた。


「ここで決着をつけようぜ、マホ」


 ……………………マホ? マホ様!?

 ドンッ。ヨモギに体当たりを喰らって俺は前に倒れた。確認すると、俺が居た位置の地面に白い矢が刺さっていた。男の射手に狙われていたか。


「すまんヨモギ、助かった」


 ヨモギがここまで役に立つとは嬉しい誤算だ。この先も彼が協力してくれるなら、生者の塔攻略の頼もしい味方となるだろう。訓練された犬には人間すら敵わないと言うからな。

 それにしても、マサオミ様はマホと言ったのか?


「俺が引導を渡してやる。いくぜ、マホ!」


 確かに言っている。噓だろう? あの女の管理人が軍師のマホ様だって!?

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