乱戦の行方(二)

 フアァン。フアァン。

 空中で鎌を鳴らし続ける女管理人に射掛けた。耳障りな音を出すなよ。

 奴は俺の矢をかわしながら、しかし逃げるでもなく空中を飛び回った。攻めても来なかった。


(何がしたいんだ?)


 その動きに不気味さを感じつつも、俺は管理人に矢を放ち続けた。空中に居座られるとミズキの刀が届かない。


「おい、おまえはぼさっとするな! さっさと止血しろ!」


 まだ俺の傍でうずくまり、ふくらはぎから無駄に血を流している州央スオウ兵を一喝した。


「うるさい! 軍服が上手く裂けないんだよ!」


 まぁ軍服は与えられた衝撃を和らげる為に、所々に硬く頑丈な布が重ね縫いされているから裂けにくいわな。短刀片手に悪戦苦闘している兵士へ、俺は頭に巻いていたハチマキをほどいて投げてやった。


「それを使え」

「え……」

「少しの間貸すだけだ。どうせ時間が経てば、新品同様になって俺の元へ戻って来る」


 切り裂いたトオコの服の裾も、今朝見たらちゃんと直っていたからな。

 兵士はハチマキを拾い脚に巻き付けた。ちゃんと素直になれるんじゃないか。


「エナミ、東の空から射手が来た!」


 場に緊迫したミズキの声が響いた。

 俺は東の空を見て射手の管理人が飛んで来ることを確認してから、女の管理人に視線を戻した。仮面の奥で笑った気がした。

 あいつまさか、さっきの鎌を鳴らす行為で仲間を呼んだのか!?


「おいおまえ!」

「マヒトだ!」


 思いがけず兵士の名前が判明したが、それどころじゃない。


「マヒト、さっさと木の陰まで退がれ! 脚をやられたおまえじゃ狙い撃ちされるぞ!」

「冗談じゃない、助けられた俺が逃げるなんてカッコ悪い真似ができるか!」

「カッコイイ、カッコ悪いの問題じゃないだろうが!」

「うるせぇ! 男は誇りを失ったらお終いなんだよ!!」


 やっぱりこいつ、ガキの頃の俺にそっくりだ。妙にとがってつらいのに意地を張って、敵ばかり作って……。


「ここに残られたら足手まといなんだよクソッタレ!! これ以上世話を焼かせんな!」

「ぐ……」


 正直言えば、マヒトが万全の状態なら共闘してもらいたい場面だ。鎌の女と射手の男、二人の管理人相手に桜里オウリ兵だけで勝てる自信が無かった。


「覚えていろよ馬鹿野郎!!」


 前回の「殺してやる」に比べたらずいぶんと可愛らしい捨て台詞を吐いて、マヒトは山道入り口方向へ去って行った。セイヤと合流することになるが、今の彼なら殺し合いにはならないだろう。


 さて、問題はここからだ。俺とミズキと管理人二人。一対一では俺達に勝ち目は無い。どちらかに狙いを絞って、二対一で戦わなければ勝機は無い。

 勝てそうなのは女の管理人だ。しかし射手の男から目を離すと空中から狙撃される。昨日の、商人を助けようと奮闘した兵士のように。

 俺が答えを出す前に、近付いて来た射手の管理人はミズキに向かって矢を放った。矢の先が光っている。あれは……!


 ドゴォォォオオン!!


 地面が揺れた。大小様々な土の破片が飛び散って俺の視界を遮った。管理人は力を溜めた状態で飛行していたのだ。


「ミズキ!」


 焼けた草の匂い。地面がえぐられてできた穴の傍にミズキはしゃがんで、射手の管理人を睨んでいた。良かった。彼も矢の輝きに気付き、大きく横っ飛びして避けたようだ。

 そのミズキを管理人は休ませてくれなかった。立て続けに矢を放つ。今度は通常弾だ。昨日やられたことを恨んでいるのか、今日は彼ばかりを執拗に狙う。

 そして鎌の女管理人が俺目掛けて飛んで来た。くそ。戦力を分断された。

 ミズキは矢から、俺は鎌をよけることで精一杯で、とても攻撃に転じる余裕が無かった。


 セイヤの放った矢が空を飛んだ。

 空中の射手は予想していたのか、セイヤの遠方射撃を難無くかわした。もう一本。セイヤは頑張って矢を飛ばしてくれるのだが避けられる。合間に管理人はミズキへ射掛ける。そんなことがしばらく続いた。


「はぁっ、はぁ、はぁ……」


 ミズキが肩で息をし始めた。マズイ。彼の体力は限界近かった。このままでは矢を避けられなくなる。

 だが俺も救助に向かえない。目の前の女管理人が鎌を振り回して俺の首を狙っている。

 くそ、くそ、くそ。

 せめてあと一手。戦える人間がもう一人居れば……!


「くっ」


 かわし切れず、ミズキの右上腕を矢がかすめた。赤い軍服よりも更に濃い真紅が彼の腕を濡らした。


「ミズキ!」

「俺に構うな! そっちに集中しろ!!」


 解っている。でもできない。

 射手の管理人が新たに放った矢は、今度はミズキの左太股に突き刺さった。もう駄目だ。彼は次の矢を避けられない。


 女の鎌を後ろへ飛び退いてかわした俺は、弦につがえた矢を解き放った。

 それは真っ直ぐに飛び、射手の管理人がミズキに向かって撃った矢を、空中で弾いた。


 カンッ。


 心地良い音が響いた後に、その場に居た全員が、鎌の女ですら手を止めて俺を見た。


「できた……?」


 俺自身が驚いていた。

 矢同士を空中でぶつける。これは相当に難易度の高い技だ。達人とて成功する確率は低い。相手の撃つタイミングと矢の軌道を完全に読んで、ほぼ同時に矢を放たなければならない。

 実は俺、過去に何度もこの技に挑戦していた。相手は父親だった。

 父は俺が弓の鍛錬に飽きないように、曲芸に近い技をいくつも披露してくれた。矢を矢で弾く技もその一つだ。自分の矢を弾かれた俺はそれを大いに気に入り、父相手に練習を積んだのだ。自分もできるようになりたいと。


 近くでずっと見ていたので、父とタイミングを合わせること自体はすぐにできた。ただ子供だった俺には腕力が足りず、弾くほどの強く速い矢を撃つことができなかった。

 そして成長して、腕力と脚力がつき、体幹も鍛えられたのが今の俺だ。

 素質は充分だ。あとは自分がよく知る射手にタイミングを合わせるだけ。


 俺は呆然と男の管理人を見上げていた。どうして成功した? まぐれか? いや、奴の射形しゃけいを俺は知っていた。

 イサハヤ殿にかつて言われた。キミの射形はとても美しいと。それは父から受け継いだ構えだった。


「父さん…………?」


 俺は思わず呟いていた。有ってはならない事実を踏まえた言葉を。

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