乱戦の行方(一)
太陽の位置がもうすぐ真上になるかという時に、それは起きた。
「二人共、弓の修練は終わりだ。ランはヨモギと一緒にトオコの元まで戻れ」
見張りをしていたミズキから指示が出された。ついに生者の塔へ向かうのかと一瞬思ったが、だとしたらラン達を山の中腹に戻すのは妙だ。
「どうした?」
「上を見ろ。あの女が飛んでいる」
ミズキが指差した上空を、大鎌を
「……どうする?」
「今後の
「そうだな、やってみるか」
「お、俺も……?」
不安そうなセイヤの背中をバンと叩いた。
「そうさ、大丈夫。今日の特訓で弓の精度はだいぶ上がった。おまえならやれるさ」
「よ、よし。やってやる!」
「ラン、お兄ちゃん達はこれから悪い奴をやっつけてくる。必ず戻るから、それまでトオコお姉ちゃんと隠れて待っていてくれ」
ランは俺達をじっと見た。
「ぜったいにかえってきてね。ラン、もうさびしいのイヤ」
「ああ、約束する!」
セイヤが力強く頷いたので、ランはホッとした顔をしてヨモギと一緒に山道を登って行った。その姿を見届けてから、俺達三人は駆け足の下山を開始した。
「あの女は管理人の中では一番弱い。近距離攻撃しかできないから、射手が二人居る俺達の方が圧倒的に有利だ」
「だな。前回は逃がしてしまったが、今度は確実に仕留めよう。セイヤ、昨日負傷した足はもう痛まないよな?」
「完全回復したぜ! ズボンも直ったしな」
魂さえ回復できれば全てが元通り。便利な設定だが、管理人にまで適用されるのは厄介だな。
……ん?
「おい、見ろ」
俺は管理人の動きの変化に気付いた。奴は斜め下へ向かって急滑空したのだ。
あれは前にも見た。靴職人の青年の時、そしてトモハルが襲われた時だ。
「誰かが襲われる! 急げ!!」
誰が狙われている? 合流を望んだあの武者か? ここからではよく見えない!
山道を走りながら木々の隙間から見る世界は狭かった。とにかく
「おい、あれって……」
山道入り口に到着した俺達は、ようやく状況を掴むことができた。
管理人に襲われていたのは青い軍服の
「どうする? あいつも敵なんだろ?」
セイヤに聞かれたが、俺にもどうしたら良いか分からなかった。ミズキも決めあぐねていた。
トモハルと違って話の通じない相手だ。イサハヤ殿の名前を出しても駄目だった。助けた後に、こちらへ刃を向けて来るかもしれない危険な奴だ。
兵士の斬られた腕は復活していた。恐るべき反射神経で管理人の鎌を次々とかわしていたが、彼は防御の面では未熟だった。倒れこむように鎌を避けると、受け身を取れずに身体を地面に叩き付ける羽目になった。何度もそんなことを繰り返していくうちに痛むのだろう、身体の動きが鈍くなっていった。
「だ、駄目だ俺、見てられねぇ……」
優しいセイヤは背中を丸めて、これからなぶり殺されるであろう兵士から目を背けた。それで良かった。次に展開される残酷なシーンを見ずに済んだ。
ドガッ!
管理人の鎌が地面を掘った。兵士の左足を巻き込んで。
「あああぁっ!!」
ふくらはぎの肉を大きく
「!?」
兵士は、自分以外の人間がこの場に居ることを認識したはずだった。それなのに彼は俺達に助けを求めず、フラフラの身体で立ち上がって管理人に向き直ったのだった。彼なりの意地、誇りだったのだろう。
そして突進したものの、鎌の風圧だけで横に飛ばされた。足の踏ん張りがきかないのだ。
「ちっくしょう~~~っ!!」
兵士は独りで戦い、独りで死んでいくはずだった。しかし管理人の振るった鎌が彼の喉元を捉える前に、俺の放った矢が管理人の鎌を弾いた。
「エナミ……!」
ミズキが何とも言えない目を俺に向けた。
やってしまった。
「足を負傷した兵士はもう俺達の脅威にはならない。今は管理人を倒すことが先決だ」
「俺もエナミに賛成!」
「……了解した」
もっともらしい理由を付けて誤魔化した俺に、セイヤとミズキも同意してくれた。彼らも敵兵とは言え、誰かを見殺しにしてしまうことが心苦しかったのだろう。
俺とミズキはセイヤを木の陰に残して、草原へ走った。
挨拶代わりに数発、管理人へ矢を連射した。斜め後ろの空へ飛び退いた奴は、その場で鎌を高く掲げて何もない空間に振り回した。
フアァン、フアァン。鎌が大きく音を鳴らした。何だ? 威嚇でもしているつもりか?
「お、おまえら……、何で……」
駆け付けた俺達を兵士は不思議そうに眺めた。
「ここから離れて止血をしろ」
「何で俺を助ける?」
「倒したい敵が一致したからだ。俺達は何としても、邪魔なあの女をここで倒したいんだよ!」
「一致……。敵が……」
また適当に誤魔化した。本当の理由は言えなかった。
俺は兵士と、幼かった頃の自分を重ねていたのだ。
流れ者の俺達親子をすんなり受け入れてくれる村は稀だった。たいていは
俺はどれだけ殴られても泣かなかった。やられっ放しじゃなくてやり返した。逆に相手を泣かしてやった。可愛げのない子供だと、悪ガキ達の親に非難されても涼しい顔をしていた。
弱音を吐くことはカッコ悪いことだと思っていたんだ。男は強くなくちゃ駄目なんだって。
でも本当は、心の底ではいつも思っていた。
誰か助けて。
誰か俺と友達になって、と。
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