桜里の朝風景

「起きたか、エナミ」


 光の眩しさに目をこする俺にミズキが声を掛けて来た。今日も無事に朝を迎えられたか。


「セイヤは早起きをして、下の方で弓の特訓をしている」


 セイヤも無事か。となればもう間違い無いだろう、俺達は幸運にも軍医によって縫合手術をしてもらえたのだ。

 そして隊長職に就くミズキは下級兵士の俺達よりも優先的に処置を施されているはず。つまり俺、セイヤ、ミズキの三名の肉体はとりあえず安心だと言うことだ。州央スオウのアオイやモリヤのように、一ヶ月間くらいは地獄で生活できるかもしれない。

 病気のトオコは別として、問題はランだ。彼女はどういった経緯で瀕死になったのだろう? 母親の暴力なら最悪だ。そんな親が医師に診せるとは思えない。

 ランの為にやはり生者の塔へは早く行かなければならない。うん? ラン……?


「案内人は居るか!?」


 俺は大声で奴を捜した。奴はランが眠る傍の木にまだ居た。新しい魂が落ちて来ない間はランの近くに居るつもりだろうか?


『うるさいよ、ランが起きちゃうだろ? あっちで話そう』


 案内鳥に付いて山道を登った。トオコと腰掛けて話した辺りまで来た。


『で、何を聞きたいの?』

「おまえは独りで居たランに、俺とイサハヤ殿の所へ行くように言ったんだよな?」

『うん。管理人に襲われても逃げ延びたキミと、あの見るからに頑丈そうな鎧オジさんなら、ランの保護者として相応しいと思ったんだ』

「それと同じことを、桜里オウリの兵士にやってくれないか?」

『うん?』

「地獄を彷徨さまよう彼らに合流しようって、俺達の居場所を伝えてもらいたいんだ」

『ああ、そういうこと』


 何故こんな簡単なことに気付かなかったのだろう。地獄第一階層の全てを知る鳥に頼めば、仲間を増やしたいという問題はすぐに解決するのだ。

 しかし鳥は俺の期待をあっさり裏切った。


『できないね』

「はい?」

『僕にできるのは最初の説明と、聞かれたことに答えることだけ。ランは独りが寂しくて、他の魂が何所に居るのか聞いて来た。だから強そうなキミ達のことを教えたまでだよ』


 使えない奴だな。


『使えないとか思ってない? 顔に出てるよ。次に失礼な態度を取ったら、ここでトオコといい感じだったってセイヤにばらすからね』

「おまっ……、見ていたのか!?」

『僕は全てを見通す者だよ?』


 そうだった。離れていてもこいつには全て筒抜けなんだった。


『とにかく、積極的な手助けはできないよ。違反行為と見なされて、罰を与えられるからね』

「罰?」

『与えられた知識によると、存在の完全消滅。地獄にも極楽にも行けず、輪廻転生もできず、関わった人間達の記憶からも完全に消される』

「それは……」


 重い罰だ。流石にそれを聞いたら鳥に違反行為は頼めない。


「質問する分にはいいんだよな? 桜里オウリの兵士で近くに誰か居ないか?」

『残念ながら近くには居ない。戦争で落ちて来た魂のほとんどはこの二日間で、弓使いの管理人に刈られてしまったよ』

「あいつか……。管理人には魂を感知できる能力が有るのか?」

『それは無い。ただし視覚、聴覚、嗅覚が生前より数十倍引き上げられている。特に弓使いは視覚に優れているからね、獲物を見付けるのが得意なんだよ』


 加えて腕力とスピードも絶対に底上げされている。


『今のところ無事な桜里オウリ兵はもう一人しか居ない。かなり強い武者だから、彼を仲間にできれば大幅に戦力を上げられるだろうね』

「その人は今何処に?」

『砂漠エリアの手前』


 まだ探索していない所だ。砂漠まであるのか。


『ここから男の足で、急いで二時間くらいの場所だね』

「二時間……。トオコとランには比較的安全な山で隠れていてもらいたいから、俺がその人を迎えに行って帰るまで往復四時間か。けっこう掛かるな」

『四時間では済まないかもしれない。その武者はね、やたらと動き回ってエリア移動を繰り返しているんだよ。生者の塔ではない別の何かを探している感じだ』

「彼には生き返るよりも大切な目的が有るのか?」

『僕の感想としてはそうだね。だから迎えに行っても、仲間になってくれるとは限らないよ?』


 仲間にできるかどうか判らない相手に、最低四時間掛けるのは厳しいな。それに今から砂漠エリアへ向かったとしても、相手が別エリアへ移動してしまったら会えないんだ。

 頻繫に鳥から相手の居場所を教えてもらえればすれ違いを防げるが、仲間捜しに一緒に付いて来てもらうことは積極的な手助け、違反行為に当たってしまうかもしれない。


「ミズキに相談してみるよ」


 俺は見張りをしているリーダーの元へ戻った。

 ランとヨモギはまだ寝ていたが、トオコが起きていて妖艶ようえんな笑みと共にこちらに手を振って来た。俺も軽く振り返した。ただの挨拶だ。

 大丈夫。暗闇という要素が無ければ俺は冷静でいられる。この世界の夜は短く七時間ほど。その七時間はトオコと二人きりにならないようにしよう。


「ミズキ、話が有る」


 俺は鳥から聞き出した情報をミズキに伝えた。


「ああ、それについては俺も昨日案内人に質問した。ヨモギの名前を決定した後に」

「えっ、そうなのか?」


 鳥め、教えろよ。しかし流石はリーダー、俺より賢いな。


「昨日の昼間の時点では生き残った桜里オウリの人間は六人。案内人に聞いて草原を監視して、三人はすぐに見付けた。……俺達の目の前で殺されてしまったが」


 兵士二人と商人一人の組み合わせだった彼らか。


「残る三人はバラバラで、それぞれ片道十時間以上掛かる距離に居たんだ。それで迎えに行くのは無理だと判断した。今は武者一人だけになってしまったようだが、二時間なら、だいぶこちらに近付いて来たんだな」

「待っていれば草原まで来るかな?」

「そう願いたい。戦力の分断は好ましくないから、迎えに行くとしてもける人員は一人だけだ。誰が行っても、途中で管理人に出会ったらやられてしまうだろう」

「そうだよな。それを考えるとその武者は、たった独りで生き延びてたいしたものだな」

「相当な強者つわものだろう。ぜひとも合流してもらいたいところだが……」


 俺達は結局、山の中腹で武者が通り掛かるのを待つことにした。

 ミズキが見張り役で、俺はセイヤの弓の指南役だ。

 セイヤと一緒に弓を引いている最中、起きたランが少し離れた場所にちょこんと座って見学していた。

 目が合う度にランは微笑む。これは自然な笑みか、それとも母親に強制された笑みなのか。

 ヨモギはランの足元で、退屈そうに寝そべっていた。

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