地獄三日目

州央で燻る火種

 御堂ミドウトモハルは憂鬱ゆううつだった。

 宿敵である桜里オウリの兵に命を助けられ、説得され、この上ない屈辱を味わった。しかも相手が自分よりも若かったことが、更にトモハルのプライドを刺激した。年下に諭されるなど有ってはならないことだった。


「トモハル、異常は無かったか?」

「おはようございます、連隊長! 敵影は見当たりません!」


 トモハルは尊敬する上司、真木マキイサハヤに見張りの報告をした。

 彼らの魂が地獄へ落ちて三日目の朝を迎えた。


桜里オウリ兵は嫌いだ。特にあの生意気な弓兵は大嫌いだ。しかし連隊長の情報をくれたことにだけは感謝してやる。こうして再会できたのだからな)


「味方の兵士らしき姿も見なかったか?」

「残念ながら……」


 地獄に一ヶ月間滞在しているアオイとモリヤの証言により、生者の塔の前には最強の管理人が居ることを知った。現状の戦力では太刀打ちできないと判断したイサハヤは、別行動を取るエナミ達と同じ結論に至った。


「何とかして仲間を増やして、戦力の底上げをしたいものだが」

「そうですね」


 イサハヤ達は山ほどは高くない、丘陵地帯に陣取っていた。木と石灰岩が多く隠れ易かった。エナミ達が居る山とは、生者の塔が在る盆地を挟んだ真反対に位置する。


桜里オウリの隊は無事に塔へ辿り着いたのだろうか」

「あちらには幼い子供が居ました。我々よりも厳しい状況かと」

「そうだな。やはり共に行動するべきだったのかもしれない」


 イサハヤはやたらと桜里オウリ側の人間を気にしていた。それもまたトモハルのかんさわった。


(連隊長がお優しいことは重々承知の上だが、あいつらはいけない。我らが州央スオウの敵なんだ。そしてあの弓兵。あいつは連隊長を……)


「連隊長は、ご自身を討った相手のことをご存知ですか?」

「何故そんなことを聞く?」

「あ、いえ、桜里オウリの兵に対してあまりにも寛大なのが、不思議でして……」


 トモハルはイサハヤを討った弓兵がエナミだと、まだ伝えられずにいた。悔しいがエナミは命の恩人。告げ口をするようで嫌だったのだ。


「私を討ったのは紛れもなく桜里オウリの兵だ。しかし現世の因縁を捨てねばこの世界では生き残れない、そう考えたまでだ」

「はい……」

「そう言う訳だ、アオイとモリヤも柔軟に物事を見ろ。皆で生還する為に」


 イサハヤは起きて来た二人に強めに声を掛けた。モリヤはすぐに元気良く返した。


「はい! 心に刻みます!」

「……中隊長、見張り役を交代します。どうぞ休憩して下さい。モリヤ、あなたは西を。私は東側を監視するわ」


 アオイはモリヤに指示を出すと、トモハルとは目を合わせずに自分の持ち場へ去った。

 上官に対して無礼な態度だが、アオイがかたくなになるのは仕方が無いことだとトモハルは思っていた。


(私の指示のせいで多くの部下が戦死した。彼女の隊も全滅だ。恨まれるのは当然だろう)


「あの……、分隊長のことを許して下さい。あの人だって解っているんです。戦争なんだから、死と隣り合わせなんだってことぐらい。ただ初めての部下が死んで、心の整理がつけられないだけなんです」


 残ったモリヤがアオイの言動をフォローした。彼はいつもそうだ。


「許しを請わねばならないのは私の方だ。あの時の命令は誤りだった」

「トモハル、戦争に必勝は無い」

「ありがとうございます連隊長。それでもやはり、私の責任なのです。彼らを現世に帰すことで罪をあがなおうと思います」


(つくづく、命を拾って良かったと思う。生きていれば彼らにしてやれることが有るからな)


「あまり気になさらないで下さいね」


 そう言って、モリヤも見張りの担当場所へ向かった。イサハヤはトモハルに今やるべき命令を出した。


「おまえはもう休め。決戦の時は近い。それまでに身体の調子を整えておけ」

「はいっ。失礼いたします!」


 トモハルが木の陰で横になったことを確認してから、イサハヤは独り思案した。


(まいったな。戦力を増やすどころか、今のままでは仲間内の連携に支障をきたす。一度アオイと話さなければいけないな)


 イサハヤには抱えている問題が多く有った。


(カザシロで森に火を付けた者は、おそらく大臣子飼いの忍びだ。私が隙を見せなかったので強行策に出たのだろう。ああ、まさか多くの兵士まで犠牲にするとは。私一人を殺す為に、国に尽くしてきた彼らを巻き込むなんて)


 イサハヤは身震いした。


(恐ろしい。陛下はいったい何処までご存知なのだろうか。大臣にそそのかされているだけなのか? 陛下ご自身が望まれたことなのか? ……私はもう逃げられないようだ。覚悟を決める時が来たのだ)


 彼は戦わなければならなかった。地獄では管理人と。現世に戻ってからは自分の祖国と。


(そしてエナミ。彼はきっとあのエナミだ。まさかあんな形で再会を果たすとは思わなかった)


 イサハヤはエナミを知っていた。地獄で会うずっと前から。


(あの小さな赤ん坊が立派になったものだ。今度こそ守ってやりたかった。あいつの代わりに……)


 しかし拒絶された。今のイサハヤとエナミの間には、敵国の兵士という大きな壁が立ち塞がっていた。イサハヤはふっと自嘲の笑みを浮かべた。


(真っ先に対処しなければならない問題は、トモハルとアオイの険悪な関係だ。改善する為にアオイと話そう)


 アオイは東側で見張りをすると言っていた。イサハヤは彼女の元へ足を進めた。

 すぐに見付かったアオイは、崖っぷちに背伸びをして立っていた。思わずイサハヤは彼女の腕を引いて後方に下がらせた。


「危ないだろう、落ちるぞ」

「あ、連隊長。あの、下に人影らしきものが見えるのですが、州央スオウの兵士じゃありませんか?」

「何? ……確かに青い服を着ているな。おおい!」


 イサハヤは崖の下に居る兵士に声を掛けた。


「この距離では聞こえないか。それなら……」


 イサハヤは小さな石を拾い、斜面に優しく転がした。石は崖下の兵士の足元に届いた。兵士が顔を上げて崖上を見たので、二人は大きく手を振った。

 しかし兵士は両手に武器を構えて威嚇して来て、次の瞬間には凄い速さで何処かへ走り去った。


「……何だ? あいつは」

「双剣使い? もしかして……」

州央スオウでは珍しいな。心当たりが有るのか?」

「はい。別の隊の知人がぼやいていました。恐ろしく運動神経の良い新兵が入ったけど、目上の者にすぐ楯突く扱いにくい奴だって。双剣使いで確か名前はマヒトとか……」

「マヒト……。あいつ、たった独りでどう生き延びる気なんだ」


 ようやく見付けた同軍の兵士であったが、マヒトはイサハヤ達と交わることなく姿を消したのであった。

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