願望と現実と(一)

 山道をしばらく登ったがマサオミ様の姿が見えない。頂上まで行ったのだろうか?

 邪魔をしたら悪いという気持ちが有ったが、同じ悩みを抱える者同士、少し話をしたいという想いも有った。結局、俺はマサオミ様の後を追って頂上まで登ることにした。

 時おり下から吹き上げて来る風が気持ちいい。こうして見ると何処にでも在る田舎の風景だ。少し前まで下に広がる草原で、生死を賭けた戦いをしていたんだよな。まるで他人事のように思えた。


 マサオミ様は結論を出しただろうか? そしてそれに俺は賛同できるのだろうか?

 考えても判らないことだ。直接本人の口から聞かなければ。やはりマサオミ様と話す必要が有るようだ。


 頂上に着いた俺はすぐにマサオミ様を見つけた。最初の夜にセイヤとランが寝ていた辺りで、彼は胡坐あぐらをかいていた。


「おう、おまえさんも来たか。まぁ座れや」


 声の調子から察して、だいぶ気分が落ち着いた様子だ。俺はホッとしながら彼の正面に正座した。


「楽にしろや。軍議やってる訳じゃねぇんだから」


 大将の前でおそれ多いが、勧められたので俺も胡坐の姿勢を取らせてもらった。


「山はいいな。心を落ち着けてくれる」

「はい」

「おまえさん、心は決まったのか?」


 その話をしに来たのに、俺の心は準備ができていなかった。


「……いいえ、まだです。マサオミ様はどうですか?」

「俺は決めた」


 唾を吞み込んで、マサオミ様の次の言葉を待った。


「マホを救う」


 それはつまり、彼女を殺して管理人の空きを作るという意味だ。


「そして俺は、絶対に死なない。次の管理人にはならない」


 マサオミ様は一言ずつ力強く言い放った。

 対して俺は、情けない台詞を吐いてしまった。


「でも俺は死ぬかもしれません。そして次の管理人に選ばれて、一緒に戦ってきたみんなを攻撃するようになるのかも」

「その時は、俺がおまえさんを殺して救ってやる」

「え……」


 俺は数回まばたきをした。


「俺が管理人になったら、マサオミ様が倒して下さるんですか?」

「任せろ。キッチリ下の階層へ送ってやる」


 俺は思わず噴き出してしまった。


「す、すみません。悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまって」


 なんというシンプルな結論。だがこの人ならやれそうだ。俺が自我を失って殺戮さつりく兵器になっても、力づくでねじ伏せてくれるだろう。


「俺が殺された後のこと、お任せしてもいいですか?」

「ああ。だから安心して親父さんと向き合え。仮面ぶっ壊して積もる話でもしてみろ」

「は、はいっ……!」


 俺は笑いながら泣いていた。そうか。俺はやはり父さんと話したかったんだ。


「すみません、見苦しい姿を」

「泣ける時には泣いておけ。自由にしろ」


 自由にしろ、か。セイヤと同じことを言われたな。

 しばし俺達は虫の声を聞きながら風を感じていた。


「……おまえさんには、惚れた奴は居るのか?」


 急に話題が百八十度変わって、むせそうになった。

 惚れた相手? トオコのことは少しいいなと思っているが、まだ恋の段階には入っていない。


「まだ居ません」

「そうか。俺とマホについて知っているか?」


 ……司令官と軍師? いやそうじゃないな。惚れた相手をあえて聞いて来たということは、役職ではなく私生活についての話だろう。俺は先輩から聞いた噂話を思い出した。


「噂では、お二人はあの、昔お付き合いをしていたと……」


 マサオミ様は軽く肯定した。


「そ。噂じゃなくて実際に付き合ってた。士官学校から続いて八年くらいかな?」


 噂ではなく真実だったのか。しかし二人が結婚したのはそれぞれ別の異性だ。マサオミ様は離婚して独身に戻ったそうだが。


「マホの家は代々続く軍人の家系でな。性別関係無く子供達は士官学校に進むんだ。それをウチの親、主にお袋が気に入らないって騒ぎ立てたんだよ。上月コウヅキの嫁になるんなら、軍人辞めて家に入れってな」


 マサオミ様は遠い目をした。


「それで親の了承を得られるんなら、俺もマホに軍を辞めてほしかった。でも想像していた以上に、マホは軍の仕事に誇りを持っていたんだな。俺と別れる方を選んで、理解有る別の男と結婚しちまったよ」


 こういう場合は、どう声を掛けるべきなんだろう。恋愛経験が無い俺は困った。


「マホに捨てられた俺は自暴自棄になってな、お袋が推薦して来た相手と見合い結婚した。俺にとっては完全な政略結婚だったよ。後継ぎを産んでくれる相手と割り切って、妻となった女性に接したんだ」


 マサオミ様は俺の言葉を待っていなかった。ただ聞いてほしいだけなのだろう。


「結婚生活に愛は無かった。いや、俺は愛そうとしなかったんだ」


 マサオミ様の凛々しい眉がわずかに下がった。


「まだマホのことを諦め切れていなかった。とっくに他の男へ嫁いで子供まで生んでいる女を、未練がましくずっと想い続けていたんだ。そんな俺に妻だった人は呆れて、他の男の元へ去ってしまったよ。当然と言えば当然だな」


 マサオミ様は自嘲の笑みを浮かべた。俺には意外だった。名家に生まれて実力も有って、軍部では超が付くエリートだ。いつも自信満々な人が、こんな心の闇を抱えているなんて思わなかったんだ。


「俺はマホにも妻だった人にも、誠意有る対応ができなかった。マホには一度も謝れていない」


 そしてマホ様は死んでしまった。マサオミ様の心の中にわだかまりを残して。


「結ばれることはなくても、あいつは軍師として一生俺の傍に居てくれるもんだと思っていた。今生の別れとは、いきなりやって来るもんなんだな」

「それは俺にも解ります。父の時がそうでした」


 父さんは何度も行商に出ていた。いつもちゃんと帰って来てくれた。でも、あの時は……。


「俺は、もう一度マホに会って何をしたいんだろう。詫びたいのか、まだ愛していると叫びたいのか」


 俺も、父さんの意思を取り戻した後に何と言うつもりなんだろう?

 判らなかった。でも会いたい。

 そう。マサオミ様も俺も、ただもう一度会いたいだけなんだ。

 自己満足だ。それでも願う気持ちは決して消えない。




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(山の頂上で思案するマサオミの様子をチラ見したい方は、↓↓をクリック!)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330660284559606

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