願望と現実と(二)

☆☆☆



 俺はみんなが居る山の中腹まで降りた。

 セイヤが申告通り見張り役をやっていて、トオコとランは指遊びをしていた。

 少し離れた所に居たミズキは横になっていたものの、眠ってはいなかった。


「起きていたのか。傷の具合はどうだ?」

「俺は大した傷じゃない。もう少しで全快する。あいつと違ってな」


 ミズキが顎で指した先では、州央スオウ兵のマヒトがまだ眠っていた。近付いて確認したところ顔色は青いが呼吸は安定しており、止血もできているようだ。

 重症を負った彼だが、このまま休んでいれば助かるだろう。


「マサオミ様はどうされた?」

「もう少しだけ頂上で風に当たりたいと仰られた。だから俺だけ一足先に戻って来た」

「……気落ちされたご様子だったか?」

「ああ。だが答えは出された。それについて後でお話が有ると思う」


 その時、案内鳥がポツリと言った。


『僕、行かなきゃ』

「新しい魂が落ちて来たのか?」

『うん。キミ達が落ちた場所の近くだから、また兵士かもね』


 鳥は羽ばたいたが、いったん止まった。


『キミ達は今日はもう移動せずに、山に居るんだよね?』

「え、ああ、たぶん」


 マホ様である女管理人は、マサオミ様の太刀を受けてマヒト以上の傷を負っている。今日は回復に専念するんじゃないだろうか。

 マホ様が出て来なければマサオミ様は動かないだろう。そして俺達はマサオミ様の力無しで、生者の塔に挑戦はできない。


『新しい魂が最初の説明以上に地獄のことを知りたがったら、山にお仲間が揃っていることを教えてあげるよ。ランの時と一緒。相手の質問に答えるだけだからね。これくらいなら積極的な手助けにはならない』


 こいつ、俺が前に頼んだことを覚えていたのか。それは助かる。


「ありがとう」


 鳥はギョッとした。


『キミにお礼を言われると気持ち悪いんだけど』


 憎まれ口を叩いてから、鳥は大空へ飛びたった。翼が有るのは良いな。最短距離で目的地へ到達できる。上からなら世界がよく見えるしな。

 空を眺めていた俺の脚に、ヨモギが尻尾を振ってすり寄って来た。一応野生の狼なのに警戒心が薄い気がする。しかしこいつの戦闘能力は本物だ。


「おまえにも世話になったな。助かったぞ、強いんだな」

「ワフッ」


 ヨモギは誇らしげな顔をした。

 ヨモギにマサオミ様。戦力が急激にアップした。それでも案内鳥は最後の管理人とは戦うなと言った。必ず全滅するからと。奴はどれほどの強さなんだろう?

 マヒトは生者の塔に近付いて生還したが、まともに戦った訳ではないだろう。おそらく遠くから管理人の武器の風圧で吹き飛ばされ、これは勝てないと逃げ帰ったのだ。

 それでも最後の管理人と対峙した唯一の戦士として、彼から情報を引き出したいのだが……。初対面の時はすげなく断られたが、協力らしきものをし合った今なら話してもらえるだろうか?


「マサオミ様」


 ミズキの声で登り山道を振り返った。マサオミ様が降りて来たのだ。


「ゆっくりさせてもらって悪かったな。みんなに言っておきたいことが有る」


 反射的に起き上がって、マサオミ様の傍に控えようとするミズキを俺は止めた。


「馬鹿、あんたは寝ていろ」

「馬鹿だと?」

「言葉のあやだ。そこは流してくれ」

「エナミの言う通りだ。楽な姿勢でいろ、俺が傍に行く」


 マサオミ様は俺とミズキの近くへ来て胡坐あぐらをかいた。セイヤも寄って来た。

 マサオミ様は迷いの無い澄んだ瞳をしていた。


「すまねぇが、俺は自分のを通させてもらう」


 その言葉でミズキとセイヤは悟った。


「マホ様と戦われるのですね?」

「ああ。その結果ここに居る誰かが、次の管理人になってしまうかもしれねぇが」

「私はマサオミ様の決定に従います」

「俺も! マホ様やイオリおじさんをあんな状態にさせておくのは可哀想です。救いましょう! それに俺は弱いから、死んでも管理人に選ばれないから大丈夫ですよ!」


 ミズキとセイヤはすぐに賛成した。俺も頷いた。


「マホ様と俺の父親を倒せれば、この世界で動き回ることがだいぶ楽になります。ランやトオコを連れて歩けますし、これから新たに落ちて来た魂達も、生者の塔までは行けるでしょう」

「そうか! 普通の村人みたいに戦えない人が、すぐに殺されてしまうことが無くなるんだな!」


 地獄では仲間を集めることこそが、最も重要で有効な生き残る手段だ。しかし弱い者は別の者に接する前に、管理人に殺されてしまう。管理人を倒しておけばそれを防げるのだ。


「やろうぜ、俺はやるぜ! さっそく弓の特訓だ! エナミ、教えてくれ!!」


 言ってセイヤは射撃練習に適したポイントへ移動した。


「……せわしない奴だな。俺も人のことは言えねぇが」

「すみません、根はい人間なんです」

「それは判る。ただ、ああいう奴は戦場では早死にする。おまえさんが見ていてやれ」


 カザシロの戦いで、トモハルに小刀一本で向かって行ったセイヤを思い出した。二度とあんな真似はさせられない。

 俺はマサオミ様に大きく頷いた。


「見張りは俺がやっておくから、セイヤの元へ行け。弓の特訓をするんだろ?」

「そんな、マサオミ様に見張り役など。私が……」


 ミズキが口を挟んだが、マサオミ様に一喝された。


「寝ていろ。体調管理も兵士にとっては重要な仕事の一つだ」

「はい!」


 マサオミ様が傍に居ればミズキが無理をすることも無くなるだろう。俺は安心してセイヤの元へ向かった。



☆☆☆



 弓の特訓をし続けて、空が夕焼けで赤くなる頃に案内鳥が戻って来た。


「遅かったな。新しく落ちた魂はどうなった?」


 尋ねた俺に、鳥は重く口を開いた。


『うん、桜里オウリの兵士だった。キミ達のことを伝えたら、彼は喜んで山へ向かったんだけどね……』


 その先は予想できた。


『駄目だった。途中で弓使いの管理人に殺されてしまったよ』

「父さんか……」


 マホ様と違って父に回復時間は必要無い。今も空を飛び回って魂達を監視しているのだ。

 俺は改めて父を討つ決意を固めた。

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