三度目の夜(一)
鎌の女管理人……、もうこれからはマホ様と呼ぼう。射手の男は父さんだ。
明日の朝、草原で騒いでマホ様をおびき寄せることになった。父さんも来た場合は俺達が牽制して、マホ様はマサオミ様と一対一の状態にする。
明日はマホ様の問題を片付けること。それが最優先事項だ。
「お、エナミ、ハチマキが戻って来たな」
額に結ばれた触感は無かったのだが、セイヤに言われて確かめたら有った。不思議な世界だ。
「
「それ俺も考えたんだけどさ、そう記憶してるからじゃねーのかな?」
「記憶?」
「うん。例えばさ……」
「世話になったな」
セイヤとの会話は起きて来たマヒトに邪魔された。
出血多量の状態で登山をした彼は本気で死に掛けたが、半日眠ることで魂が回復した。前回の腕切断の時もそうだが、こいつは何回無茶をするつもりだろう。
「あの狼は役に立ったのか?」
「ああ、おまえがヨモギを呼んでくれたんだったな」
「ヨモギと言うのか? あいつ」
「そうだ。こちらが思っていた以上にヨモギは強くてな、呼んでくれて助かったよ。ありがとうな」
「べ、別に礼は要らない! 借りを返しただけだ!!」
マヒトは赤くなってそっぽを向いた。成人したとはいえ、まだ思春期が終わっていないと見た。
「これからどうするんだ? 独りでは厳しいとよく解っただろう」
「……………………」
「
「……知ってる。今朝早く、向こうの丘で会った」
マヒトは生者の塔の先を指差した。
「イサハヤ殿達はあそこに居るのか。生者の塔を挟んでほぼ真反対だな。会った時、彼らはどういう態度だった?」
「俺に手を振っていた。……俺は逃げたけど」
「何だ、歓迎してくれているんじゃないか。あちらも仲間集めをしているんじゃないかな? きっと喜んでおまえを加えてくれるよ」
「でも、今さら……」
「とりあえず行ってみろよ。今日はもうすぐ日が暮れるから、一晩待って明日にでも」
一面に広がっていた夕焼けが、空の隅に追いやられようとしていた。今日も夜が始まるのだ。
「俺は一晩ここに居てもいいのか?」
恐る恐るマヒトに聞かれた俺は、少し離れた場所に居るマサオミ様に大きな声で聞いてみた。
「こいつを一晩、ここに置いてやっても良いですか?」
「構わん。ただし妙な真似をしたら即たたっ斬る」
「いいってさ」
マヒトは明らかにホッとした表情になった。自分で選んだ道とはいえ、地獄にずっと独りは心細かっただろう。
「俺が見張りをするから、みんな今夜はゆっくり休め」
いつの間にかミズキが傍に来ていた。マヒトが軽く反発した。
「いや、俺ずっと寝てたから起きてるし」
「……好きにしろ。エナミとセイヤは休め。ずっと弓の練習で疲れただろう」
「そうなんだけどさ、マホ様やイオリおじさんのこと考えたら頭が興奮しちまって、まだ眠れそうにないんだ」
「俺もだ。セイヤ、眠くなるまでさっきの話の続きをしよう。脱いだ服やハチマキがどうして戻って来るのか」
「おおっ、いいぞ!」
俺とセイヤはそのまま腰掛けた。ミズキとマヒトも興味を示したので四人で並んだ。足元にはヨモギ。狼は夜行性だからか、彼もまだ起きていたいようだ。
少し離れた所にマサオミ様、奥でランとトオコとおまけの案内鳥が寝ているので、俺達は小声での会話を心掛けた。
セイヤが今夜話した内容は、後々で非常に役に立つこととなる。
「……服や装備品は魂が具現化したものだってことは覚えてるよな? 俺達ってさ、訳の解らないまま地獄に落ちた訳じゃん? だから着ていた物は現世と同じデザインになった。俺達がこれを着ていると思い込んだからだよ」
「思い込んだ……」
「そう。ちなみに俺とエナミの装備品のデザインが、ちょこっと違うことに気づいていたか?」
俺は頷いた。同じ物を支給されたはずなのに、セイヤと俺では胸当ての大きさと位置が違う。
「エナミはそれを身に着けていると思い込んだから、そういうデザインになったんだよ」
「え、これは正しいデザインじゃないのか?」
「セイヤが身に着けている方が正しいな」
ミズキが俺達を見比べて言った。そうだったっけ? そんな気がして来た……。
「これは俺の思い込みでこんな風になったのか……? いやでもさ、胸当ては左側の方が良くないか? 心臓側だし」
「俺はこの装備品で左胸もカバーできてるぞ?」
おまえは身体が大きいからしっくりするんだ。同じ物を俺が着けるとブカブカになるんだよ。徴兵された俺達は正規兵の残り物の装備を回されて、サイズ選びができなかった。
あ、そうだ。だから俺、小柄な身体にフィットする防具が欲しいと願っていたわ。そのせいか。
「ベルトの位置を変えると矢筒も左側寄りになって、右手では矢が掴みにくいだろうに」
「俺は別に……」
「エナミは関節が柔らかいんだよ。ま、俺達はまだ軍に入って日が浅いから、装備品についてハッキリ記憶してなかったんだな。俺は農作業でいろんな農具を使うから、道具を覚えるのが得意なんだ」
「じゃあ、ハチマキが戻って来たのはどういう現象だ?」
「それも思い込み。下級兵士はハチマキ巻けって先輩に何度も言われたから、ハチマキは自分にとっての必需品だと心の奥で思ってるんだ」
そうかもしれない。この赤は
「思い込みで装備品が変わるのか? なら俺が強く願えば、この短剣の切れ味も良くなるのか?」
マヒトが弾む声で会話に参加して来た。
「その可能性は考えなかったけど……有るかもよ!」
「俺、斬るだけじゃなくて投げれるタイプの武器も欲しいんだけど」
「いいな、それ! ミズキ、あんたも強く願って弓を出してみたらどうだ?」
セイヤとマヒトがキャッキャッと騒いでる中、ミズキは静かだった。そんな都合の良い話が有る訳無いと思っているのだろうか?
「流石に弓を出すのは無理かもしれないが、思い込みで装備品を多少変えられることは、この先の戦いでプラスになるかもしれないぞ?」
「ああ。装備品を増やして、近距離、遠距離の両方に対応できるようになるのは良いことだと思う」
おや、ミズキも乗り気なのか? そうは見えないが。
「そう考えるわりに表情が暗くないか?」
「実は俺……、弓の成績が悪いんだ」
「え」
「不安定な弦で矢を飛ばすという行為がどうも上手くいかなくて。子槍の
天才剣士の意外な弱点が明らかになった。小刀の投擲が見事だっただけに驚いた。
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