三度目の夜(二)

 はしゃいでいたセイヤが少し声のトーンを落とした。


「明日は上手くいくといいな……」

「明日何かするのか?」


 尋ねて来たマヒトにセイヤは、マホ様とマサオミ様のことを話した。

 聞き終えたマヒトは不思議そうな顔をした。


「え、でもそうしたらマホって人、死んじゃうじゃん? あの大将はそれでいいのか?」

「……良くはないだろう。マサオミ様だってつらいはずだ。でもこのまま放っておいて、マホ様を心の無い殺戮者さつりくしゃにしておきたくないんだよ」


 セイヤは項垂うなだれた。


「マサオミ様は強いな。俺は自分がその立場になったらやれる自信が無い。どんな姿であっても、大切な人には生きていてほしいと思っちまう」

「強くならなきゃいけないほどに、マサオミ様はマホ様を想っていらっしゃるんだよ」


 頂上でマサオミ様は言った。まだ愛していると。


「なぁ、エナミ。おまえは本気で女を愛したことが有るか?」


 セイヤの質問にドキリとさせられた。マサオミ様にも同じことを聞かれたが、同年代が相手だと生々しさが増すと言うか……。ミズキやマヒトも居るのにそれを聞くか?

 誤魔化すと妙な空気になりそうだったので、俺は本心を語った。


「正直言って、まだ恋とか愛とかよく解らない。村の女達からは避けられてたし。男にもだけど。俺に愛想良くしてくれたのは、おまえの妹くらいだよ」


 セイヤは苦笑しつつ言った。


「やっぱり気づいてなかったか。村の女子が避けるのはな、おまえを意識していたからだよ。都会から引っ越して来たおまえは垢抜けてたし、いろいろなことを知っていたから、憧れる女子は多かったんだ」

「噓だろ? 女どもが俺の悪口を言っているの、直接聞いたことが有るぞ? スカしてるとか」

「そうやっておまえを悪く言うことで、互いに牽制し合ってたんだよ。あんな奴に告白するコは居ないよね~って。抜け駆けされないようにな」

「はぁ? 何だそれ」


 俺がモテるなんて初耳だぞ。


「男に嫌われてたのはその通り。そりゃそうだろ、村の女のほとんどがおまえに夢中なんだから」

「何で教えてくれなかったんだよ」

「え、悔しかったから。おまえにだけ恋人ができるなんて面白くねーもん」

「おまえなぁ……」


 俺はセイヤを軽く小突いた。セイヤは笑って受け止めた。沈んだ調子がまた上がったようだ。


「マヒトはどうなんだ? 現世には気になるコとか居たのか?」

「俺の育った村の九割はじーちゃんばーちゃんだった。成人して軍に入って女兵士を見掛けるようになったけど、連絡事項以外で喋ったことが無い」

「そ、そうか……、何かスマン。でもおまえはこれからだよ! 生き返っていろんな人間と知り合えばいいさ!」


 そしてセイヤはミズキの方を見た。薄闇の中でミズキが嫌そうな顔をした。


「ミズキは恋をしたことが有るのか?」

「……無い」

「え~、絶対にモテるだろうに。そもそもあんた、どうして女が苦手になったんだ?」

「えっ、キレーな兄ちゃんは女が怖いのか?」

「怖くはない。積極的に近寄られるのが嫌なだけだ」

「男が近くに居ても平気じゃん」

「男は手作り弁当や手拭いを押し付けたりしない」

「おおっ、いいなぁ! 母ちゃん以外に女から手作り物は貰ったことが無いぜ!」

「……手拭いに髪の毛が縫い込まれていてもか?」

「!?」

「ヒッ!!」


 セイヤとマヒトが身体を後ろに反らした。俺も戦慄せんりつした。髪には想いが宿ると言われているが、贈り物に混入させるのは禁じ手だろう女の子達。


「弁当にも何が入っているか判ったもんじゃない。現に俺が破棄しようとした弁当を、代わりに食べた同僚が腹を下した」

「うわぁ……。女ってそんなことするのか?」

「いやいや、ミズキの周りにたまたま特殊な女達が集まっただけだから」

「しかも女達は、俺の行く先々に先回りして現れるんだ。予定を漏らした訳でもないのに、何なんだあいつら。隠密の者か!?」


 そこまでしつこくされたら女性不信にもなるわな。

 セイヤが嬉しそうに聞いた。


「じゃ、じゃあミズキってさ、まだ女とシタこと無い!?」


 俺とミズキが同時に噴き出した。


「馬鹿セイヤ、何てこと言い出すんだ!」


 男にとってこれ以上無いってくらいデリケートな問題を口にしたな。ミズキが刀に手を掛けているぞ。


「だってさ、気になるんだもん。俺達も成人したしそろそろアレを経験するって年頃だろ? でも付き合ってる相手も居ねえし……。俺さ、焦ってるんだよ」


 気持ちは解る。俺だって死ぬ前に一度くらいは経験しておきたい。でも俺とミズキの狼狽うろたえぶりから、答えなくても未経験だと察してくれよ。恥ずかしくて言えるか。

 マヒトはニヤニヤしながら俺達を眺めていた。くそ、一番若いから余裕だな。


「はいはい、そこまで」


 頭上から凛とした声が降って来た。


「どわぁっ! マサオミ様!!」


 セイヤが一メートル近く横っ飛びした。

 腕組みをしたマサオミ様が、立って俺達を見下ろしていた。


「お、起きてらしたのですか!?」

「あれだけ大声で騒がれて眠れるか」

「申し訳有りません!!」


 話が盛り上がって(?)、声の音量について忘れていた。マサオミ様はどの辺りから俺達の話を聞いていたのだろうか?


「すみませんでした、俺は眠ることにします!」

「俺もです!」

「私は見張りをします!」


 俺達は順々に宣言した。オロオロしていたマヒトはヨモギに目をとめた。


「じゃあ俺は、この狼にお手を教えるよ!」


 教えんな。そいつはペットじゃない、立派な戦士だ。


「ほら、やることが決まったらさっさと解散!」

「はい!」


 俺達四人は解散する前に、顔を見合わせてクスリと笑った。

 こんなくだらない話ができたのは、どれくらい振りだろう。徴兵されてからずっと、心に余裕が持てなかったからな。

 おぼろ月を見上げながら、俺は矢筒を下した。地獄の三日目も終わろうとしていた。

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