それぞれの道(三)

 振り返ると膝を折って屈んだイサハヤ殿が、父さんと握手をしていた。イサハヤ殿も涙声だった。


「……さらばだ、イオリ。必ず国を救う。エナミのことも護る」

「さらばだ、イサハヤ。前へ進むんだ。俺はここで、おまえ達が現世へ帰還する様を見ながら旅立つよ。俺の進む道へ……」


 イサハヤ殿は歯を食いしばって立ち上がった。


「行くぞ、みんな!」


 そして彼は俺の手を握って歩き出した。もちろん生者の塔へ。カガミが付いて来ようとするのをミユウが止めた。さようなら、カガミ。どうか心安らかに。

 他のみんなもそれぞれ立ち上がり、父さんに一礼をしてから俺達に続いた。


「ありがとね、ミユウ。あんたのことは忘れない」

「ふん、二度とここへ落ちて来るんじゃねーぞ。おまえのお守りはもう御免だからな」


 アオイとミユウは手を振り合った。いがみ合っていた二人の間には確かな友情が生まれていた。


「あ、イサハヤ殿、少しだけ待って下さい!」


 俺はまだ挨拶をしていない大切な友達を呼んだ。


「案内人! 来てくれ!」


 黒い大きな鳥はすぐに飛んで来た。


『呼びつけるんじゃなくて、自分が来なよ』


 最後まで憎まれ口の案内鳥に俺は笑顔で謝った。


「悪いな。身体中痛くて走れないんだ」

『で? 何の用?』

「一度おまえを抱きしめさせてくれ」

『……は、はぁ!? 急に何言ってんの!? さっきの戦闘で頭でも打った?』

「最後なんだからいいじゃないか。ほら」


 俺は両腕を広げて鳥を待った。彼は戸惑いながらも、俺の胸の位置まで降りて来てくれた。俺は包むように抱きしめた。

 俺の腕の中で案内鳥は恥ずかしそうに呟いた。


『鳥って……抱きしめるタイプの愛玩動物ではないと思う』


 ついに自分でも鳥だと認めたな。少し笑えた。それに俺に体重を預けた鳥は案外軽かった。羽で大きく見えていただけか。


「ありがとうな。おまえが助けてくれなかったら俺達は路頭に迷っていた」

『案内するのが……僕の仕事だから』

「あんまり無茶はするなよ。もう少し自分を大切にしてくれ」

『解ってる。それはよく解ったよ……』


 俺達は身体を離した。鳥は翼を広げて飛んだ。


『さよなら、エナミ。あっちでランによろしくね』

「さようなら」


 生意気で世話好きな弟みたいな鳥。どうか彼の罪がゆるされる日が一日も早く来ますように。


 俺は再びイサハヤ殿と並んで歩き出した。彼は俺の歩幅に合わせて歩いてくれている。優しい俺の恩人。彼と一緒に現世へ戻れることが嬉しい。

 マサオミ様。桜里オウリにとっての心の支え。彼の強さと深い懐があったから、桜里オウリ州央スオウは手を取り合えた。

 トモハル。嫌味で面倒な奴だと思っていたが、実は真面目で思いやりの有る男だった。地味な所でみんなを支えていてくれた。

 アオイ。彼女の裏表の無い明るい性格に救われた者は多いだろう。常に全力で真っ直ぐで、つい応援したくなる女性だ。

 シキ。過去が過去なのでまだ互いにわだかまりは残るが、何となくこいつとは腐れ縁になる気がする。彼の言葉を聞いて、態度を見て、彼が裏切ることは無いと今の俺は信じている。


 俺達は戦友なのだろう。国も立場も違うが、力を合わせて地獄を生き抜いてきた。現世へ戻ってもこの絆は決して消えない。


 邪魔をする者が居ないので、俺達はあっけなく生者の塔に辿り着いた。

 扉が無く内部に入ると、中央にほのかに輝く石板が置かれているだけだった。

 説明文は無かった。しかしどうしてだか直感的に俺達は、石板に手を触れれば良いのだと解った。

 入口から見た表面に俺とイサハヤ殿とシキ、回り込んで石板の裏面にマサオミ様とトモハルとアオイが立った。


「皆、いいか?」


 イサハヤ殿に問われて全員が頷いた。そして各々右手を前に出して石板に触れた。

 その瞬間、石板は青白く光を強めた。触れている俺達の身体も輝いていく。ブウゥゥンという音と振動が塔全体を微かに揺らして、ああ、ついにその時が来たのだと実感した。

 対面のマサオミ様がイサハヤ殿に呼び掛けた。


「おい真木マキさん! 次はいつ会える!?」

「判らん! だが信頼できる者に書簡を託して、こちらの状況が変わる度に逐一ちくいち伝える!」

「むざむざ暗殺なんてされんじゃねーぞ!? いいな真木マキさ……イサハヤ!!」

「おまえこそだマサオミ! 地獄で同窓会など御免だからな!!」

「エナミ、また会いましょうね!」

「焦らず傷を治せよ!?」

「アオイさんもトモハルさんもお元気で!! シキ、桜里オウリで待ってるからな!」

「必ず行く! 待ってろご主人!!」


 みんなの姿が白い球体に変わった。もう言葉を発せられない。

 身体が上へ引っ張られる感覚が有って、気がついたら塔の天井をすり抜けて俺達は地獄の大地を見下ろしていた。

 南側に、ミユウと動物達に囲まれた父さんが小さく見えた。


 再度引っ張られて、球体となった俺達は急スピードで上へ上へと上昇した。これで本当に地獄とお別れなんだな。

 ありがとう、繋いでくれたみんな。

 眼前が真っ白になって意識が遠くなっていく。


 さようなら。俺にたくさんの感動をくれたみんな。さようなら。

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