それぞれの道(二)

「悪い虫が付かないように養子縁組を急いだ方がいいな。現世に戻ったらすぐに書類を揃えて……」

「そうだ真木マキさん、現世に戻ったらどう動く?」


 マサオミ様が話題を変えてくれて助かった。


「すぐに京坂キョウサカに打って出ることはできない。まずは根回しが最優先になる。州央スオウで確実に味方と呼べるのは、真木マキ佐久間サクマの二家しか居ない」

「どちらも名門一族じゃないか」

「軍部では。しかし中央を動かしているのは文官達だ」


 トモハルが名乗り出た。


「私が父を説得します! 京坂キョウサカにだいぶ権力を削がれましたが、それでも議会で父の影響力は小さく有りません」

「それは願ってもない申し出だ。代々大臣を務めてきた御堂ミドウ家が加わってくれれば、他の有力者への説得が容易くなる。しかし気を付けろよトモハル、政変で何人もの大臣が京坂キョウサカに暗殺された」

「はい!」


 シキが口を挟んだ。


「暗殺には隠密隊が関わったことも有りました。具体的な手順と関わった人間の名前を俺が記すから、京坂キョウサカを弾劾する際の材料にして下さい」

「ああ、それは使えるな」


 マサオミ様が顎を触りながら発言した。


桜里オウリには戦争を長く続ける体力が無い。このままいけば確実に降伏だ。州央スオウに革命の兆し有りという噂を桜里オウリに流せば、革命軍を支援しようとする有力氏族が出て来るだろう。その方向で仲間を増やしておくよ」

「頼むマサオミ。だが噂はあまり大きくしないでくれよ? 京坂キョウサカの監視が強くなると州央スオウで動きにくくなる」

「そういう慎重な行動が得意な人が居るんで、まずはその人を仲間に引き込むよ。獅子座シシザ家の現当主で桜里オウリ第二師団の司令官だ」

獅子座シシザ……?」


 つい口に出して質問してしまった俺に、マサオミ様は苦笑いで答えた。


「マホの兄貴だよ。妹を泣かせた男ってことで俺は嫌われているんだが、私情を挟まずに国の未来を考えることができる聡明な人物だ」

「なるほど、信頼できそうだな。獅子座シシザ殿の説得は任せたぞ」

「おうよ!」


 みんなの会話を聞いていた父さんが静かに言った。


「道は決まったようだな。それではみんな、すぐに生者の塔へ向かうんだ」

「えっ!?」


 驚いて俺は父さんの顔を見上げた。顔色が悪い。もうすぐ生命エネルギーが尽きるのだ。

 ……覚悟はできていた。だからこそ最期の瞬間まで寄り添っていたかったのだ。


「父さん、俺は……」

「帰るんだ、エナミ。みんなと一緒に現世へ」


 父さんは両手で俺の身体をそっと離した。


「管理人を全員倒してこの地での脅威は去った。しかし現世でのおまえ達の肉体は今も尚、死の影と戦い続けているんだ。即刻帰らなければならない」


 父さんが言っていることは正論だろうが、俺は納得できなかった。俺はもう十日も地獄に居るんだ。ここから数十分増えたところで大差は無いだろうと思った。


「少しくらい大丈夫だろ? 地獄で一時間過ごしても現世ではたったの一分だよ」

「駄目だ。その一分一秒を甘く見たことで、取り返しのつかない事態におちいったらどうする。ここでの苦労が全て水の泡となるんだぞ?」

「でも俺は父さんと……頼むよ、これが最後なんだよ?」

「エナミ」


 俺の肩をイサハヤ殿が掴んだ。


「イオリは……自分が衰弱していく姿をキミに見られたくないのだ」

「あ……」


 父さんは血の気の無い顔をして、相当苦しそうだった。それなのに笑顔を作っていた。ミズキとマヒトのように。

 父さんも笑ったまま俺と別れたがっているのだ。


「俺は……そんなこと気にしない……のに」


 また涙が零れた。泣いてばかりだな、俺は。


「すまない……エナミ。くだらない父親の意地だ。どうか、強かった俺の姿だけを覚えていてくれ」


 弱くてもいい、立派でなくてもいい、ただ家族として一緒に暮らしたかった。でも、もう俺の望みは叶わないんだな。それなら父さんの望みだけでも叶えてあげたい。


「……解ったよ。でも最後にもう一度だけ……」


 俺は父さんにしがみ付いた。父さんの腕が俺を抱きしめた。力が入っていない。マホ様も最期はそうだった。


「父さんは……強くて……俺の自慢だから」

「ありがとう……」


 俺は自分から離れた。名残惜しいが脚に力を入れて立ち上がった。寂しそうにクウンと鳴いたヨモギを一撫でしてから、カガミの傍に行って顔に手を添えた。


「ごめんな、生まれたばかりのおまえを置いていかなきゃならない」


 カガミは俺にり寄った。俺も彼女の頭を抱きしめた。彼女ともこれが最後の抱擁だ。

 俺とミズキの魂の一部から生まれたカガミ。俺達の子供に等しい存在。でも現世へ彼女は連れて行けないんだ。


「ヨモギもサクラも案内鳥も居る。滝の傍に行けば他の動物達も……。どうか、元気で」


 丸い瞳を見ていると心が揺らぐ。本心ではここに残りたい。ミズキの面影を持つカガミの傍に。


「しばらくは俺が見ていてやるよ。こちらから攻めない限り、管理人は動物を襲わない決まりになっている。荒っぽい人間の魂とは戦いになるかもしれねぇが、カガミもヨモギも余程の事が無い限りはやられねぇよ。だから安心しな」


 近付いて来たミユウにカガミを委ねた。俺達は生まれた世界が違う。それぞれの場所で生きなければならないんだ。


「ありがとうミユウ。あんたには本当に世話になったな。……また会いたいよ」

「それはやめておけ。地獄へは何度も来るもんじゃない」


 俺達は互いに赤い目で笑い合った。 

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