それぞれの道(二)
「悪い虫が付かないように養子縁組を急いだ方がいいな。現世に戻ったらすぐに書類を揃えて……」
「そうだ
マサオミ様が話題を変えてくれて助かった。
「すぐに
「どちらも名門一族じゃないか」
「軍部では。しかし中央を動かしているのは文官達だ」
トモハルが名乗り出た。
「私が父を説得します!
「それは願ってもない申し出だ。代々大臣を務めてきた
「はい!」
シキが口を挟んだ。
「暗殺には隠密隊が関わったことも有りました。具体的な手順と関わった人間の名前を俺が記すから、
「ああ、それは使えるな」
マサオミ様が顎を触りながら発言した。
「
「頼むマサオミ。だが噂はあまり大きくしないでくれよ?
「そういう慎重な行動が得意な人が居るんで、まずはその人を仲間に引き込むよ。
「
つい口に出して質問してしまった俺に、マサオミ様は苦笑いで答えた。
「マホの兄貴だよ。妹を泣かせた男ってことで俺は嫌われているんだが、私情を挟まずに国の未来を考えることができる聡明な人物だ」
「なるほど、信頼できそうだな。
「おうよ!」
みんなの会話を聞いていた父さんが静かに言った。
「道は決まったようだな。それではみんな、すぐに生者の塔へ向かうんだ」
「えっ!?」
驚いて俺は父さんの顔を見上げた。顔色が悪い。もうすぐ生命エネルギーが尽きるのだ。
……覚悟はできていた。だからこそ最期の瞬間まで寄り添っていたかったのだ。
「父さん、俺は……」
「帰るんだ、エナミ。みんなと一緒に現世へ」
父さんは両手で俺の身体をそっと離した。
「管理人を全員倒してこの地での脅威は去った。しかし現世でのおまえ達の肉体は今も尚、死の影と戦い続けているんだ。即刻帰らなければならない」
父さんが言っていることは正論だろうが、俺は納得できなかった。俺はもう十日も地獄に居るんだ。ここから数十分増えたところで大差は無いだろうと思った。
「少しくらい大丈夫だろ? 地獄で一時間過ごしても現世ではたったの一分だよ」
「駄目だ。その一分一秒を甘く見たことで、取り返しのつかない事態に
「でも俺は父さんと……頼むよ、これが最後なんだよ?」
「エナミ」
俺の肩をイサハヤ殿が掴んだ。
「イオリは……自分が衰弱していく姿をキミに見られたくないのだ」
「あ……」
父さんは血の気の無い顔をして、相当苦しそうだった。それなのに笑顔を作っていた。ミズキとマヒトのように。
父さんも笑ったまま俺と別れたがっているのだ。
「俺は……そんなこと気にしない……のに」
また涙が零れた。泣いてばかりだな、俺は。
「すまない……エナミ。くだらない父親の意地だ。どうか、強かった俺の姿だけを覚えていてくれ」
弱くてもいい、立派でなくてもいい、ただ家族として一緒に暮らしたかった。でも、もう俺の望みは叶わないんだな。それなら父さんの望みだけでも叶えてあげたい。
「……解ったよ。でも最後にもう一度だけ……」
俺は父さんにしがみ付いた。父さんの腕が俺を抱きしめた。力が入っていない。マホ様も最期はそうだった。
「父さんは……強くて……俺の自慢だから」
「ありがとう……」
俺は自分から離れた。名残惜しいが脚に力を入れて立ち上がった。寂しそうにクウンと鳴いたヨモギを一撫でしてから、カガミの傍に行って顔に手を添えた。
「ごめんな、生まれたばかりのおまえを置いていかなきゃならない」
カガミは俺に
俺とミズキの魂の一部から生まれたカガミ。俺達の子供に等しい存在。でも現世へ彼女は連れて行けないんだ。
「ヨモギもサクラも案内鳥も居る。滝の傍に行けば他の動物達も……。どうか、元気で」
丸い瞳を見ていると心が揺らぐ。本心ではここに残りたい。ミズキの面影を持つカガミの傍に。
「しばらくは俺が見ていてやるよ。こちらから攻めない限り、管理人は動物を襲わない決まりになっている。荒っぽい人間の魂とは戦いになるかもしれねぇが、カガミもヨモギも余程の事が無い限りはやられねぇよ。だから安心しな」
近付いて来たミユウにカガミを委ねた。俺達は生まれた世界が違う。それぞれの場所で生きなければならないんだ。
「ありがとうミユウ。あんたには本当に世話になったな。……また会いたいよ」
「それはやめておけ。地獄へは何度も来るもんじゃない」
俺達は互いに赤い目で笑い合った。
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