老将の最期
俺が矢を放ったのが先か、ヨウイチ氏が槍を投げたのが先か。
二つの神器は空中で激突した。
グゴオォォォォォン!!!!!!
耳が麻痺する程の轟音と、激突で起きた爆発の衝撃波が、大地の俺達と上空のヨウイチ氏の両方を襲った。
シキが覆い被さって来て俺達は地面に伏せた。きっと他のみんなも身体を小さくして爆風を耐えているのだろう。竜巻の中に放り込まれたようだった。
煙が灰色のカーテンを引き視界が完全に塞がれた。
「!………………」
俺の傍から温かい彼らの気配が消えた。
ミズキとマヒトが完全に旅立ったのだと理解して、俺はシキの腕の中で泣いた。暴風が吹き荒れる中、シキは何も言わずに俺を抱きしめていた。
(あ……)
閉じた瞼が光を感じた。
大地に光が差し込んで来た。爆風が雲を吹き飛ばしたのだ。
地獄らしからぬ明るい太陽が俺達を照らしていた。
風が弱まっていき、俺とシキは身体を起こした。弓矢は遠くへ飛ばされてしまったようだがもう必要無い。俺のすべきことは終わったのだ。
煙が晴れる頃、ヨウイチ氏が地上へ降りて来た。刀傷と爆風のダメージで彼の全身は
そして彼は槍を持っていなかった。俺の矢が
ヨウイチ氏は唯一の武器となった腰の十字鎌を手に取った。そして自分を待っていたイサハヤ殿の前まで歩を進めた。イサハヤ殿とカガミも多少の傷を作っていたが、しっかりと大地に立っていた。
『……イサハヤよ、
「はい。
『このままにしておくつもりは無いのだろう?』
「はい。必ずや
『それでこそ、ワシが認めたショウマの孫だ』
ヨウイチ氏は十字鎌を構えた。チラリと脇のマサオミ様を見てから、再び視線をイサハヤ殿に合わした。
『両国の未来、貴様達に託そう!』
彼が投げた鎌をイサハヤ殿は身を屈めて避け、低姿勢のままカガミと共にヨウイチ氏へ突進した。
「御免!!」
カガミがヨウイチ氏の横をすり抜ける時、イサハヤ殿は右手の太刀でヨウイチ氏の人間部分の腹を切り裂いた。深く。
この一太刀で長い戦いの決着が付いた。
『くふっ……』
十字鎌は旋回せず遠くの地面の上に落ちた。ヨウイチ氏にはイサハヤ殿を殺す気は無かったのだろう。だが丸腰である自分を斬らせる訳にはいかなかった、それで鎌を手に取ったのだと、俺にはそう思えた。
マサオミ様が歩き出したのを皮切りに、トモハルにアオイ、俺とシキとヨモギにミユウ、父さんまでもが脚を引き
『ついに、役目を終える時がやって来たか……』
ヨウイチ氏は仮面を己の手で外して、感慨深そうにそれを見つめた。
『長い、相棒だったな……』
初めて見た老将の素顔。沢山の
『ワシには生命を生み出す能力が無かった。それで身体を保つ為に長らく付き合ってもらったが……、もういい、おまえも眠りにつけ』
その瞬間、仮面には独りでにヒビが入って、あっという間に粉々に砕けてしまった。ヨウイチ氏はその光景をじっと見守った。仮面には心は存在しないはずなのだが、ヨウイチ氏がまるで友を見送った風に見えた。
微かに笑った後に、ヨウイチ氏は俺達の顔を見た。一人一人を。そして言った。
『さらばだ、新時代の戦士達よ……』
彼は瞼を閉じ、その瞳が開かれることはもう無かった。
最強の管理人であった
「え……どうして?」
アオイが不思議そうに声を漏らした。
亡くなったはずのヨウイチ氏から黒い霧が発生しなかったのだ。代わりに小さな光の粒が無数に生まれて、ヨウイチ氏の身体を覆っていった。
「これは……?」
みんなの疑問にミユウが答えた。
「ジジイの魂は天界へ昇るんだよ。彼の罪は
「天界へ……?」
「そんな場合も有るのか?」
「罪を精算すれば誰でも天界へ行けるよ。おまえ達だって」
光の粒はヨウイチ氏と一体化し、大きな一つの球体となった。
「って言うか、ジジイはとっくの昔に赦されてた。
「え、何でだ? 天界って極楽のことだろ? ここよりよっぽど良い場所なんじゃねぇの?」
聞いたマサオミ様にミユウは笑った。
「骨の有る若者の出現が見たかったんだとさ。自分を超えて
「……………………」
「
「イサハヤもマサオミもジジイに未来を任されたんだから、現世に戻ったらしっかりやれよ? 手ぇ抜いたら後が怖いぞ?」
光る球体は最初ゆっくりと浮上し、途中から速度を上げて雲が無くなった青空の
「じゃあな、ジジイ……」
俺達は球体が見えなくなるまで、全員でヨウイチ氏の旅立ちを見送った。
恐ろしい怪物だとずっと思っていた。だが彼は
そうだな、管理人に選ばれるのは高潔な魂の持ち主だけなのだから。
「ま、骨は有るけど若者って言うには歳くってるよな、おまえ達は!」
ミユウはマサオミ様とイサハヤ殿をからかったが、その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
誰も突っ込まなかった。茶化さなかった。ミユウとヨウイチ氏の間にも、俺達の知らない確かな絆が有ったのだと思えたから。
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