地の底の戦士達(四)

 カガミは俺にり寄った後、イサハヤ殿をじっと見つめた。まるで全ての事情を察しているかのように。


「何だ、この馬は……?」


 初めてカガミを見たイサハヤ殿は当然だが戸惑った。シキが簡潔に説明した。


「ついさっき魂の欠片かけらから生じた生命体です。大丈夫ですよ、ヨモギ同様エナミに懐いていますから敵ではありません。名前はカガミです」

「カガミ……? 何故私を見ている?」

「自分に乗れと言いたんでしょう」

「シキ!」


 俺はシキをとがめた。


「まだ赤ん坊同然のカガミを戦わせるのか!? よりにもよって最強の管理人となんて!!」

「でもカガミはやるつもりだよ。あんたをみすみす死なせたくはないとさ」


 俺をチラリと見てカガミはヒヒンといなないた。そうだよ、と言わんばかりに。


「でも……」

「俺の防御力を今だけ譲ってやるよ」


 背後から声がして振り返るとミユウが居て、彼の後ろにはアオイとヨモギにサクラも揃っていた。


「アオイ、無事だったか!」

「はい。またミユウに助けられました」


 ミユウ……、大盾でヨウイチ氏の溜め攻撃からも守ってくれていたのか。サクラはぴょんとシキの肩に飛び乗り、ゴロゴロ喉を鳴らして彼の生存を喜んだ。


「カガミ、おいで」


 ミユウの呼び掛けにカガミは素直に従った。ミユウはカガミの背中に自分の手を当てて瞳を閉じた。


「あ……」


 ミユウとカガミ、両名の輪郭が光り輝きぐにゃりと変形した。

 光が消えた後には甲冑と盾を無くしたミユウと、騎乗に必要なくらと鎧を着けたカガミが居た。


「これでカガミの防御力が飛躍的に上がったはずだ」

「すっげ、おまえってばとことん規格外だな」

「ミユウ……大丈夫なのか? ここまで手を貸してくれるのは流石に地獄の規則に反するだろう?」


 鎧を脱いでスマートな美青年となったミユウは微笑んだ。


「ふん、三千六百歳の大先輩にガキが要らぬ心配してんじゃねぇよ。それより早く行ってやらないと、マサオミとトモハルがぽっくり逝っちまうぞ?」


 マサオミ様とトモハルがフラつきながらも立ち上がり、ヨウイチ氏と睨み合っていた。


「大変!」


 真っ先にアオイが槍を持って駆け出して、ヨモギも後に続いた。

 イサハヤ殿はカガミの顔に手を添えた。


「カガミ頼む、おまえの力を貸してくれ」


 頷いたカガミに、イサハヤ殿は慣れた様子で騎乗した。様になる。見た目だけなら凛々しい騎馬兵の復活だ。

 しかし事はそんなに単純じゃない。イサハヤ殿とカガミは初めて組んだ状態で、あのヨウイチ氏に挑まなければならないのだ。互いにどこまで同調できるか。


「カガミは人を乗せることは初めてですが、言葉は通じるので意志の疎通ができるはずです」

「ああ」


 イサハヤ殿は手綱たづなの引き具合を確かめつつ、馬上から俺に言った。


「エナミ、これを永遠の別れにはしないぞ?」

「はい! 必ず生き延びましょう!  ……あの、先程は乱暴な口調で失礼なことを言ってすみませんでした」


 イサハヤ殿は柔らかい笑みを浮かべた。


「私は嬉しかった。キミが初めて心を開いてくれた気がした」

「え、あ……」

「ふ、照れた素振りも愛おしいがな」


 イサハヤ殿は色気の有る流し目を俺に向けた。この人と会話していると時々口説かれている気分になるが、自意識過剰だよな?

 彼は太刀の先でさやを腰に留めていた紐を切って、空の刀鞘を二本とも地面に投げ捨てた。


「それでは行って来る。イオリのことは頼んだぞ!」


 手綱を握ったイサハヤ殿の指示通り、カガミはヨウイチ氏の居る方向へ駆け出した。よし、とりあえずは上手くいっている。


真木マキ連隊長ってさぁ、息子候補のご主人を恋人扱いしてねぇ?」


 シキが呆れ顔で言った。気のせいではなかったか。折を見てイサハヤ殿には、正しい親子のり方というものをレクチャーしなければならないな。

 だがそれは現世へ戻ってからだ。この世界で俺は実の父を助けたい。


「ミユウ、俺達も行くよ。あんたはもう流石に戦わないよな?」

「ああ。鎧を無くした俺はか弱いただの美形だからな、安全な場所で見物してるよ。……おい、何ホッとした顔してんだ?」

「あんたをこれ以上巻き込んで消滅させたくない。あんたはイイ奴だから」

「……ったく」


 ミユウは腕を組んでそっぽを向いた。


「本当にありがとう、じゃあな!」


 俺は心からの礼を言ってミユウの傍を離れた。筒から落ちた矢を拾い集めて、目指すは倒れた父さんの元だ。


「シキは急ぐな! 隠れていてもいい!」

「馬鹿言うなよ、主人を放っておけるか! 足首ぐねっただけだから心配は要らねぇ、ただの捻挫ねんざだ」


 たとえ骨折していたとしてもシキは素直には言わないだろう。ならばとことん付き合ってもらうぞ。俺達は一蓮托生いちれんたくしょうらしいからな。進むも止まるも、生きるも死ぬも一緒だ。

 ヨウイチ氏の注目が騎乗で登場したイサハヤ殿へ移ったことを、横目で確認しながら俺とシキは父さんへ近付いた。


「父さん!」


 近くで見ると父さんは酷い有り様だった。全身に無数の裂傷が刻まれ、火傷のように皮膚がただれた箇所も有った。ヨウイチ氏の溜め攻撃の威力を削るために踏みとどまって、回避行動が仲間よりも遅れたせいだ。


「しっかり、父さん!」


 俺は父さんの上半身を抱き起した。父さんのまぶたは開いているが瞳に力が無かった。


「父さん、俺の声が聞こえる?」

「……………………」

「父さん!」

「……大丈夫だ、エナミ。一つ一つの傷は……それほど深くはない」


 苦しそうな声だったが、父さんは俺にこたえてくれた。


「イサハヤ……あいつ、騎乗したのか……?」


 父さんの目は、空いた穴の向こうで戦う仲間達を捉えていた。


「うん、騎馬兵に戻ったイサハヤ殿はきっと強いよ。戦況を変えてくれる」

「ああ。馬に乗ってこそ、イサハヤは真の実力を発揮する……。誰にも負けないさ」


 遠い目をした父さんは微かに笑った。


「あいつの騎乗姿をまた見られるとはな……」


 怪我だけではなく、激しい戦いで父さんに残った生命エネルギーは急減していた。おそらくが来るのは近い。

 俺は父さんとの別れを想像して暗い感情におちいりそうになった。察した父さんは俺の肩を抱いた。


「悲しむな。友の雄姿に息子の成長まで見られたんだ……、俺は自分の人生に満足している」

「父さん……」

「だが、おまえ達は前へ進むんだ」


 力強く言って、父さんは俺に自分の弓を差し出した。


「これは……」

「地獄の王からたまわった神器だ。神器を使用すると魂の消耗が激しくなるから、普通の人間では弦を引くだけで気絶してしまうが……、おまえならば大丈夫だろう」

「俺が地獄と相性がいいから? 父さんと戦った時のように、これでまた奇跡を起こせと言うの?」

「奇跡じゃない。おまえがこれまで成し遂げて来たことは、おまえ自身の努力と仲間の協力が結び付いた結果だ」

「ああ……そうだ、そうだよね」


 ここまで来られたのは俺と仲間達、みんなが頑張った結果なんだ。自分に自信を持て。誇りを持て。


「おまえ達の未来を切り開くんだ」

「うん!」


 俺は父さんから弓矢を受け取り、自分の装備はシキに譲渡した。射撃なら脚を怪我したシキも戦える。


「サクラ、おまえもここでイオリさんと居な」


 シキの肩から降りたトラ猫は、なーごと寂しそうに一声鳴いた。


「行ってくる。俺達は絶対に負けないから、父さんはそこで見ていてくれ」


 頷いた父さんに俺は背を向けた。生きる為に。

 俺とシキは戦う仲間達の元へ急いだ。

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