地の底の戦士達(三)
「何だシキ、どういう意味だ?」
「毒だよ。俺が放った毒矢がジイさんの左前脚を傷付けていたんだ」
「あ……!」
俺は思い当たった。まだセイヤ達が走る前、シキはヨウイチ氏の脚を矢で
「普通の人間には致死量の猛毒だ。管理人は殺せなかったが、それでも痺れるくらいの効果は有ったようだな」
休憩を取らない限り毒は排出されないだろう。ならばこの戦闘中、ヨウイチ氏の脚は痺れたままだ。
「みんな!! ヨウイチ氏の左前脚は毒によって動きが鈍っています! そっちから狙って!!」
俺は大声で戦士達に状況を伝えた。光明が見えた。
『ち……』
俺の指摘を受けてヨウイチ氏は明らかに苛立った様子だった。図星だったんだな。毒が回っていることを隠して動き続けたことは称賛に価する。
彼はまたこちらへ十字鎌を投げ付けて来たが、距離が開いていたので今度は余裕を持ってかわせた。反撃として飛び退きながら矢を撃てるほどに。
俺が放った矢をヨウイチ氏が避けたそのタイミングで、トモハルが中断斬りを繰り出した。伸びた刃は見事にヨウイチ氏の左脚の肉を裂いた。初めて大きな傷がヨウイチ氏の身体に刻まれた。
「ミズキ、
トモハルは手数こそ少ないが、ここぞという時に決めて来る。慎重かつ凄腕な剣士だ。彼の一撃でヨウイチ氏の脚は更に動きが鈍くなった。
「ここだぁっ!!」
マサオミ様とイサハヤ殿が畳み掛けたが、ヨウイチ氏は翼をはためかして空へ舞った。
「逃げんなよコラァ!」
くそ、ついに飛ばれてしまったか。それだけ追い詰めたということなのだろうが、空中へ逃れられるとこちらの火力が足りなくなるのだ。
父さんと俺とで矢を飛ばすが、まだ翼にダメージが無いヨウイチ氏はあちこち飛び回って簡単に矢を避けた。
「!……」
「みんな、注意しろ!」
ヨウイチ氏が持つ槍の先端が光り出した。まさかの溜め攻撃か!? 通常時でも衝撃波を発生させる彼の槍。溜めた気を加算させたらどれだけの威力となるのだろうか。
父さんも気を溜め始めた。同じ溜め攻撃で抵抗するつもりだろう。しかし父さんは叫んだ。
「俺の攻撃では完全に
父さんの本気の指示を受けて、全員が散り散りに走った。
上空のヨウイチ氏が光る槍を下界に投げ、それに父さんが放った溜め矢が激突した。
ゴガアァッ!!
頭上で閃光が走った。そして競り勝ったヨウイチ氏の槍が煙を引きながら大地に突き刺さった。
ドオォォォォォォォォォン!!!!!!
凄まじい爆発音が耳をつんざき、走っていた俺は爆風によって吹き飛ばされた。
「~~~~~~っ!」
空中で一回、地面に落ちてから三回俺は転がった。矢筒が背中に当たって痛かった。
「……あぐっ」
「く……」
俺は両手をついて上半身を起き上がらせた。辺りには煙が立ち込めていて視界が悪かった。
上空からゆっくりとヨウイチ氏が大地へ降りて来る。それだけはハッキリと見えた。
「みんなは……?」
俺は周囲を見渡して仲間の姿を捜した。しかし煙が捜索の邪魔をした。気が
「……ご主人、近くに居るか!?」
「シキ!」
良かった。シキは生きていた。十メートルくらい離れた所に見える人影がシキか。
「今そっちへ行く!」
「いい、無理に動かずそこに居ろ!」
俺と同じくシキも多少なりと怪我を負っただろう。
「エナミか!?」
シキの逆方向からよく知る声がした。
「イサハヤ殿、ご無事ですか!?」
重い足音が響いた。俺の声を頼りにイサハヤ殿が煙の中を走って来てくれた。
姿を現した彼に目立つ外傷が無かったのでホッとした。強くて頼れる鎧武者。全てから守ってくれそうなイサハヤ殿に、俺は地獄の初日から甘えっぱなしだったな。
所々擦りむいて流血している俺をイサハヤ殿が気遣ってくれた。
「エナミ、頭は打っていないか? 骨はどうだ?」
「大したことは有りません。他のみなさんのことは判りますか?」
「いや、別方向へ走って別れてしまったからな……。だがじきに煙が晴れる」
徐々に薄まっていく煙の中で俺達は目を凝らした。大地には大きな穴が空いていた。その中心に刺さっていた槍をヨウイチ氏が抜いていた。
「イオリ!!」
爆心地に一番近い所に父さんが倒れていた。微動だにしない父さんを見て、飛び出そうとした俺をイサハヤ殿が抱いて止めた。
「駄目だ! 今出ていったらキミもやられる!」
「でも、でも父さんが……!」
「私が出て
「そんな、お一人で最強の管理人に挑むなんて、殺されに行くようなものです!」
煙が無くなり視界がどんどん開けていった。向こうにマサオミ様、あちらにはトモハル。二人とも生きているようだがうずくまっている。アオイとヨモギは見つけられなかった。まさか爆心地に……!?
「ご主人……」
シキが右脚を引き摺って近付いて来た。脚をやられてしまったか。イサハヤ殿が苦笑した。
「戦える者は私だけのようだな」
イサハヤ殿はヨウイチ氏の方を睨みながら、言ってはいけないことを言った。
「シキ、エナミを連れて生者の塔へ行け。時は私が稼ぐ」
「!」
シキは神妙な表情で黙っていたが、俺は猛反発した。
「俺達に仲間を見捨てろと言うのですか!?」
「もはや全員で生還は絶望的な状況だ。おまえ達だけでも塔へ走れ。彼らも解ってくれるだろう」
立ち上がろうとしたイサハヤ殿を、さっきとは反対に俺が抱き止めた。
「放せ、エナミ」
「行かせるかよッ!!」
「エナミ……?」
抱きしめる俺の胸の骨が
「あんたは現世で俺の親父になってくれるんだろう!? 約束は全うしろよ! 俺に二度も父親を失う経験をさせる気なのか!?」
「エナミ……」
イサハヤ殿は唇を噛んだ。
「だが……私はキミに生きていてほしいんだ」
「俺だってそうだよ! 俺だってあんたにも父さんにも死んでほしくないんだ。別れたくないんだ。何でそれが解らないんだよ馬鹿親父共!!」
「……………………」
イサハヤ殿の身体から力が抜けた。
「今の言葉、そっくりそのまま俺からあんたにも返すからなご主人」
シキに突っ込まれて俺は居心地が悪くなった。
「さて、全員で戦い抜くことが決まった訳だが、どうすっかね」
そうなのだ。イサハヤ殿の自殺行為は止められたものの、俺達には打つ手が無かった。
困った俺の耳に、ヒヒヒンと馬のいななきが聞こえた。
「カガミ……?」
背後から栗毛色の馬がトコトコ歩いて来た。ここに居るよ、安心して。彼女の目はそう訴えていた。
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