地の底の戦士達(二)

「ヨモギ、父さんを助けてくれてありがとう! 後は俺達がやるからサクラの元まで退却しろ!」


 しかしヨモギは下がらなかった。戦闘能力が低いサクラは少し離れた場所でこちらを窺っていた。ヨモギを心配して付いて来たのだろう。


「おまえは怪我してるんだ、もう戦うな!」


 俺の再三の呼び掛けを無視して、ヨモギは牙をいてヨウイチ氏へうなり続けた。


「エナミ、命が惜しかったらワン公はここに居ない。そいつはおまえと運命を共にすることを選んだんだ」


 マサオミ様に言われて俺は今度こそ涙がこぼれた。地獄で迎えた最初の夜に出会った灰色狼。戦力が少ない頃はこいつに何度も窮地きゅうちを救われた。こいつが居なかったら俺もミズキもセイヤも、早い段階で死んでいたのかもしれない。


 彼は地獄で独り、ずっと孤独だったのだろう。それで敵意を向けなかった俺に懐いてこんな所まで来てくれた。でもな、みんなにはおまえの存在そのものが癒しだったんだよ。だからもう仲間に加えたことを恩に感じなくていいんだ。サクラという友達もできたんだから無理はするな、死んじゃ駄目なんだ。


 ヨウイチ氏は右手の槍で地面に半円を描いた。またも大地が小さく割れて石つぶてがヨモギを襲った。防御ができないヨモギは振り返って後方へ飛び退くしかなかった。


「キャウン!」


 避け切れずヨモギは背中と後ろ脚に石弾をくらい、滑り込むように転んだ。

 ヨウイチ氏は十字鎌をヨモギへ投げて追撃とした。


「させるかぁっ!」


 アオイが横から槍で十字鎌を弾いた。叩き落とされた鎌は地面に刺さったが、アオイの槍も彼女の手から落ちた。


「うっ……」


 彼女は左肩を押さえてうずくまった。重い攻撃を防いだことで、負傷していた肩の肉が更に裂けてしまったのだろう。

 ヨウイチ氏は槍を大きく回転させてから地面に突き刺した。そこから白く輝く衝撃波が亀裂を生みながら大地を走り、アオイとヨモギの元へ向かった。


「アオイぃ!!」


 彼女の方へ駆けながらトモハルが叫び、回避できないと悟ったアオイは目を閉じた。


 ドガアァァァン!!


 轟音が響いた。金属製に見える大盾が、ヨウイチ氏が放った衝撃波を受け止めていた。そこに居たのは鎧姿のミユウだった。


「えっ……、ええ!?」


 まぶたを開けて守られたことに気づいたアオイは、自分の前に居る戦士に声を掛けた。


「ミユウ、あ、あんた何で……?」

「おまえのことは気に入らないがな洗濯板、おまえが死ぬところは見たくないんだよ! あと俺ワンコ昔飼ってたから!」


 意地っ張りなミユウはそう答えた後、彼方かなたに向かって大声で言い訳をし出した。


「俺はただ立ちたい所に立っているだけです! それでもって自分の方に来る攻撃を防いでいるだけです! そういうことで宜しくお願いしますね、あるじ様ぁ!!」


 かなり無理が有るぞ。アオイとヨモギを守ってくれたことには心から感謝するが、これでおまえの存在が抹消されたりしたら俺達は……。


『相変わらず好き勝手をしているようだな』


 ヨウイチ氏は地面に刺さっていた十字鎌を引き抜いて腰に留めた。


『懲りない奴だ。今は何と名乗っている?』

「ミユウだよ。久し振りだなジジイ」

『地獄で過ごした年数も加えれば、今は貴様の方が年上だろうが』

「そうだな。いつの間にか追い越しちゃったな」

『ミユウ、退け。貴様ではワシに勝てない。イザーカ兵として死んで、管理人としても死んで、今度は地獄の王の従者として死ぬつもりか?』


 え、管理人として死んだ? ミユウが?


「そうはならねーよ。俺では確かにあんたにゃかなわんがな、こいつらがあんたに引導を渡してくれる」

『それを期待し続けて三千年超えだ』

「もう終わるさ。あんたもいい加減ゆっくりしな。もう充分だろう?」


 どうしてだか、ミユウとヨウイチ氏との間には俺達の計り知れない何か……、絆のようなものが存在するように感じた。ミユウは彼に二回殺されているはずなのに、ヨウイチ氏と対峙しているミユウは殺気を放っていなかった。


『さて、こ奴らに未来を託せるかな?』


 未来を? その真意を確かめる前にヨウイチ氏は、振り回した槍を地面に突き刺した。先程と同じ衝撃波が今度は大将二人の元へ走った。


「危ねっ」

「くっ……」


 マサオミ様とイサハヤ殿はかわしたが、動きが彼らにしてはだいぶ鈍くなっていた。マサオミ様は脚の負傷で、イサハヤ殿は防御力が高い反面、鎧の重量で体力の消耗が早いのだ。

 一度休息を取って回復してもらいたいところだが、隊のかなめである二人が抜けたら戦況は一気に厳しくなる。

 本来のイサハヤ殿は騎馬兵らしいから、馬に騎乗さえできれば動きを殺されることなくヨウイチ氏と渡り合えそうなのに。


(え? 馬……?)


 俺は西方向に残してきたカガミを見やった。彼女に協力してもらえたらもしかして……。いや、でもそうなったらカガミは最前線に出ることになる。危険だ。


「ご主人、伏せろっ!!」


 シキの声で反射的にしゃがんだ俺の頭上を、ヨウイチ氏の十字鎌が通過していった。当たらなかったのに頭には軽く殴られたような鈍痛が起こり、風圧を受けて身体が後ろに転がった。これが神器の威力か。近接攻撃型の戦士達は、この風圧の中で奮闘しているんだな。

 追撃は父さんが矢を飛ばして防いでくれた。俺の傍に走り寄ったシキに怒鳴られた。


「当たってないよな!? 怪我は!?」

「大丈夫……」

「ぼうっとしてんじゃねぇよ! もう少しでられるところだったぞ!?」

「ごめん」


 脇見をしていた俺はヨウイチ氏に向き直った。味方の能力を底上げすることも重要だが、そもそもヨウイチ氏に弱点は無いのだろうか? 苦手な方向や距離が判れば攻め易くなる。 


 弓で味方を援護しつつ、狩人の目でヨウイチ氏の動きを観察した。父さんに教えてもらったよな、狩りを成功させるには相手をよく知ることだって。

 全長、走る速さ、攻撃範囲、行動パターン、怪我の有無。


(ん?)


 俺はあることに気づいた。ヨウイチ氏の左前脚、動きがぎこちないような……。


「シキ、彼の左前脚に注目してくれ。動きが変だと思わないか?」


 俺の問い掛けにシキも問題の箇所を凝視した。そしてニヤリと笑って意味有り気に言った。


「ああ、確かに。ようやく効いてきたようだな」

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