地の底の戦士達(一)

「ご主人はここから狙え。俺は前へ出る!」


 ヨウイチ氏と戦う仲間達。俺達は彼らから十五メートル手前まで来ていた。

 セイヤが現世へ戻って彼の装備品が消えたので、もうシキは弓を使えない。抜刀して剣士の一人となった。


「分かった。気をつけろよシキ。カガミ、おまえは俺よりも後ろで……そう、その辺りに居るんだぞ」


 俺はカガミを離れた所で待機させた。彼女は俺と一緒に戦いたい様子だが、やはり危険な目に遭わすことに抵抗が有った。俺とミズキとの子供……、そう思うと愛しさが溢れて来る。絶対に守ってやる。


「お互い生き延びようぜ、ご主人」


 シキは片眼をつむって笑顔を見せた後、最前線へ駆けて行った。

 別行動を取っていた仲間は全員健在だったが、身体に大小様々な傷を負っていた。そして何人かは肩で息をしていた。こちらでも厳しい戦いが繰り広げられていた模様だ。


「あうっ!」


 アオイがヨウイチ氏の槍の風圧によって、俺の居る後方へ飛ばされた。それによって仲間は俺達の存在に気づいた。


「シキ、それにエナミ、無事だったか!!」


 比較的近くに居たトモハルに声を掛けられた。


「すみません、遅くなりました!」


 俺にシキ、ミズキの三名が抜けた穴を残ったみんなが埋めてくれた。ヨウイチ氏とマヒトが共闘していたら俺達は全滅していただろう。みんなが必死でヨウイチ氏を足止めしてくれたから、マヒトを倒せたしセイヤとランは逃れられたのだ。

 トモハルは最強の管理人から目を離さずに、斜め後ろに居る俺へ質問した。


「さっき塔が光っていたが、原因が判るか!?」

「あれはセイヤとランが現世へかえった光です! 二人は助かりました!!」


 俺のすぐ傍でアオイが歓喜の声を上げた。


「やったあぁぁぁぁ!!」


 彼女はヨウイチ氏を挟んで対面に居るマサオミ様とイサハヤ殿へ、大きくよく通る声で報告をした。


「セイヤとラン、現世に帰還です!!!!」

「よっしゃあぁぁ!!」

「行ってくれたか!」


 報告を受けた大将二人も嬉しそうに声を上げた。だけど、みんなボロボロだった。

 鎧を着こんだイサハヤ殿はまだ無事なようだが、マサオミ様は白いズボンの左もも部分を赤く染めていた。トモハルは石つぶてを受けてしまったのか額に血を滲ませており、アオイは左上腕の肉を裂かれていた。上空から矢を放っている父さんも飛び方がおかしい。翼へのダメージが深刻なようだ。


「アオイさん、その腕……」


 最も流血していたのはアオイだった。


「あはは、回避に失敗しておジイちゃんの槍がちょっぴりかすめちゃった。でも大丈夫、まだ戦えるから」


 とても大丈夫なようには見えなかった。彼女も槍使いだが、片手で槍を振り回すヨウイチ氏とは違い両手で扱っている。左手の握力を失っては従来の動きができないだろう。

 素早い連続斬撃が得意なマサオミ様も、よりによって脚を負傷してしまうとは。


「マヒトは倒せたのか?」

「はい!」

「ミズキが戻って来ないけどどうしたの? 怪我して休んでるの?」

「……………………」


 言葉に詰まった俺を、トモハルとアオイがいぶかしんだ。泣きやんだばかりの赤い目を二人に見られた。


「ちょっと……噓、違うよね? エナミ……?」

「おい、あのスカした長髪はどうしたんだ!? 生きてるんだろ!?」

「ミズキは……ミズキは……」


 言えなかった、その先が。ちゃんと彼の死に向き直ったはずなのに。


「ミズキは戦死した!! 彼が相打ちしてマヒトを倒した!!」


 シキが代わりに声を張り上げた。大将達にも、空の父さんにもその声は届いた。


「嫌よ……そんな……そんなのって」

「ミズキ……」


 目がヒリヒリ痛んだ。また涙が湧き出て来たのだ。泣いている暇なんて無いのに。

 仮面を付けたヨウイチ氏がこちらを見ている。憐れんでいるのか? あざけっているのか?


「ちっくしょうぉぉぉぉ!!!!」


 マサオミ様が咆哮ほうこうしてヨウイチ氏に斬り込んだ。が、いつもの速さが無い。ヨウイチ氏は余裕でかわし、自身の槍でマサオミ様の右脇腹を狙った。


 ギィンッ。


 槍はイサハヤ殿の太刀で弾かれ軌道を変えられた。マサオミ様は無事だったが、イサハヤ殿の太刀の刃が折れて飛んだ。二人は一緒に後退した。


「マサオミ、怒りで我を失うな!」

「……すまねぇ」


 イサハヤ殿は折れた一の太刀を捨て、二の太刀を抜いた。カザシロの戦いでトモハルに貸していた刀だ。よく見るとマサオミ様の刀鞘も空になっていた。ということは彼が今握っているのは二刀目か。

 ヨウイチ氏の槍の方が頑丈なのだ。受け太刀を繰り返せば、二人が今持っている二刀目もいずれ折られてしまうだろう。

 武器を失うことを恐れて、仲間達は積極的に攻められなくなっていた。疲労も手伝っている。

 唯一攻め手を緩めず矢を連射する父さんへ、ヨウイチ氏は十字鎌を投げ付けた。


 シュザザザッ。


 既に羽を傷付けられていた父さんは上手く回避できなかった。左翼を十字鎌で切り刻まれて大量の羽を散らした父さんは、飛行能力を保てずフラフラと地上へ降りて来た。

 そこへ馬の脚でヨウイチ氏が駆けた。彼は戻って来た十字鎌をキャッチして、そのまま馬の身体で父さんへ突進した。き殺そうとしているのだ。


「父さん、逃げて!!」


 しかし無理だろう、ヨウイチ氏の馬の脚からは逃げられない。全員が恐ろしい想像をした中、斜め横から灰色の塊がヨウイチ氏に飛び掛かった。


 ドンッ。


 鈍い激突音が鳴り、ヨウイチ氏はよろめいて突進が中断された。父さんはその隙に横へ走って逃れた。


『ぬうっ……』


 ヨウイチ氏が仮面の中から睨んだ相手は、体当たりして来た灰色狼のヨモギだった。ヨモギは管理人との激しい衝突で脱臼か骨折をしてしまったのか、右肩を下げる痛々しい姿勢で、しかしグルルルルと唸ってヨウイチ氏を威嚇いかくした。


「ヨモギ!」


 来なくていいと言ったのに。地獄の住民である彼が、現世へ還る俺達の為に命を賭ける必要なんてないのに。

 彼を死なせたくない俺は彼の元へ走った。仲間達も同じ想いだったようだ。俺達は戦線を少しだけ移動させてヨモギと合流した。

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