混ざり合った命

「くそっ、俺としたことが気配を見落とすなんて!」


 栗毛馬の接近を許して悔しがるシキに、ミユウが落ち着いた口調で説明した。


「仕方が無いさ。こいつが生まれたのはついさっきのことなんだから」

「はぁ? 生まれた? おまえはこいつの正体を知ってんのか!?」

「ああ。魂の欠片かけらから生じた生命体だよ」

「魂の……、そんな話を前に聞いたな」


 シキは改めて馬をまじまじと観察した。


「第一階層に存在する生命体は全て、落ちた人間の魂から剝がれ落ちた欠片から生まれたんだっけ? サクラやヨモギもそうなんだよな?」

「そうだ。大きな怪我をしたり激しく感情が揺さぶられると、魂の一部が剝がれてしまうんだ」

「で、この馬はついさっき生まれたって訳か?」

「そう。ミズキとエナミの魂の欠片からな」

「え」

「え」


 シキは俺を見て、俺は馬を見た。


「俺とミズキの……?」

「おまえの心はミズキとマヒトの死によって激しく傷付いた。心臓をもがれるような痛みを感じなかったか?」

「……感じた。あの時に魂が剝がれたのか……」

「ああ。そしてミズキも。大怪我もそうだが、愛するおまえを残して逝くことに酷く葛藤かっとうしたはずだ。彼の魂も同時期に剝がれ落ちた」

「ミズキ……。だからこいつにはミズキの面影が有るんだな」


 俺は自然と両手を広げていた。空いた胸に馬が頭をり寄せて来た。


「ミズキ……!」


 胸が熱くなり、俺は馬の頭をそっと抱きしめた。ミズキはもう居ない。でもミズキの一部から生まれた命がここに存在する。

 俺に甘える馬を見て、シキは納得して太刀をさやに収めた。


「……本当の話っぽいな。ミズキの置き土産ってやつか。でもご主人の魂の欠片でもあるんだろ? 二人分の魂が混ざり合ったのか?」


 この問いには案内鳥が答えた。


『そうみたいだね。魂が混ざるなんて普通は無いはずなんだけど、エナミとミズキの魂は性質が似ていたんだろうね』


 だから俺達はかれ合ったのだろうか?


『それにしても、生じたばかりでこんなに強い気を放つなんて驚きだよ。強い生命体になればなるほど、誕生に必要な魂の欠片が大きくなるからね?』

「え!? じゃあご主人の魂が大きく削れてしまったということか!? おいご主人、身体は大丈夫か!?」


 シキが慌てて俺の身体のあちこちを確認した。そこはくすぐったいからやめれ。


「……見える怪我はしてないな。具合が悪いとかはねぇか?」

「大丈夫……だと思う。さっきまでは凄く苦しかったけど、今は少しダルいくらいで……」


 ミユウが頷いて言った。


「おまえもミズキも地獄と相性がいいからな。多少魂が剝がれてもまた生成されるんだ。俺もそうだけど。流石に致命傷のダメージを受けたらどうにもならんが」

「そうか……。まぁご主人が無事ならいいんだけどさ」


 シキは本気で俺を案じてくれていた。俺が死にたがった時は怒ってくれたし、根は悪い奴じゃないんだよな。生活環境にさえ恵まれていたら、多才な能力を活かして大成功していた男かもしれない。


「しかし本当に魂から別の命が生まれるんだな。自分の目で見るまで半信半疑だったぜ」

「その馬はある意味エナミとミズキ、二人の子供だよな」

「え」

「え」


 面白そうにミユウに言われて、動揺した俺は視線をグルグル動かした。最終的にシキと視線がかち合った。


「……ご主人、出産した?」

「ば、馬鹿、ミユウの比喩表現だよ! 男の俺が出産できるかよ!!」


 馬が悲しそうな目をした気がした。


「わ、違う。おまえの存在を否定している訳じゃない。おまえは俺の子供で間違い無いから!」


 また俺に擦り寄って来た馬を見てシキが苦笑した。


「まんま親子だな。名前を付けてやれよ」

「名前……?」

「親から子供への最初の贈り物だろ? うん、男のシンボルが付いて無いからメスだな。綺麗な名前を考えてやれ」

「じゃあ、カガミ……」

「早いな!」


 驚くシキに俺は照れながら言った。


「……以前ミズキと会話した時に印象に残った言葉なんだ」

「ミズキと?」

「うん。ミズキと見上げた月がとても綺麗な晩が有ったんだ。地獄の空って完全には晴れないから、月は現世ほどくっきりしてないんだよな。でもミズキがそれはそれでおもむきが有るって……。まるで水鏡に映った月のようだって……。思ったんだよ、地獄は現世と鏡合わせになっているんじゃないかって」

『それって、キミとミズキが初めて結ばれた晩の会話じゃ……。いや、何でもない』


 案内鳥は入れた茶々を取り消して目を伏せた。こいつあの時見ていたんだもんな。流石に最中の情報は遮断してくれたようだが、前後は知られてしまったんだった。恥ずかしくて俺も目を逸らして、当てられたシキが頭を掻いた。


「あー……なるほど。それでカガミか。いいんじゃないか? ミズキと関連が有るようだし、綺麗な名前だと思うよ? 和菓子名のヨモギとサクラに抗議されたら、鏡餅のカガミだと言い逃れよう」


 俺は馬の大きな黒い瞳を覗き込んだ。


「おまえの名前、カガミでいいか?」


 馬は更に摺り寄って来た。脚に力を入れないと俺が飛ばされそうな勢いのスリスリだ。……名前を気に入ってくれたんだよな?

 シキは俺とカガミと名付けた馬のやり取りを見て、ふっと笑った。


「ご主人、あんたはカガミとここに残れ。みんなへの加勢は俺一人で行く」

「何でだよ、俺も行くから!」

「大切な存在ができちゃっただろ? 生まれたばかりのそいつを残して逝きたいか?」


 俺は大きく息を吐いて愚かな下僕をしかりつけた。


「馬鹿野郎。仲間はみんな大切な存在だ。そしておまえだってもう仲間の一人だ」

「……ご主人」

「それに俺は絶対に、戦いに勝って生き残るつもりだ。無様な姿を晒したらミズキとマヒトに怒られるからな。あとそこの鳥にも」


 案内鳥を見て俺は笑った。鳥もきっと笑い返した。


「さぁ行こう。俺達が抜けたことで戦える人数が減って、みんな苦戦しているはずだ」

「よっしゃ!」

「ミユウ、案内人、ありがとう。また後でな!」


 俺は弓を拾ってシキと共に駆け出した。


「ご主人、あんたは歩けよ。無茶するな」

「もう大丈夫だ!」


 そんな俺達にカガミが並走して来た。


「おい、おまえは来ちゃ駄目だ。あの黒い鳥の元へ戻れ」


 カガミは俺の言いつけを聞いてくれなかった。戻る気配がまるで無い。言葉は通じていると思うんだが。


「あんたと離れたくないんだろうさ」

「だが人間ではないこいつを戦いに巻き込みたくない」

「そいつは……強いぜ? そう簡単にはやられないさ。このまま連れて行こう」


 シキはそう言ったが俺は気が進まなかった。ミズキの一部であるカガミを危険な目に遭わせたくなかったのだ。

 カガミは小さくヒヒヒンといなないた。まるで俺の心を読んで、心配するなと言ってくれているようだ。そんな所もミズキに似ていて、俺の止まったはずの涙がまた出そうになった。

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