未来へ向く心(二)

「皆がこの過酷な状況においても負けずに前を向こうとしているのだから、俺も逃げてはいられないな……」


 父さんは一度目をつむって長い息を吐いた。心を落ち着けようとしたのだろう。

 それから俺とミズキを見て柔らかい口調で言った。


「エナミ、改めて彼のことを紹介してくれないか?」

「ふぉっ!?」


 その話題はもっと後回しにされると思っていたので、俺には心の準備ができていなかった。


「そ、それは、あの……」

「エナミは気が動転しているようですので、私の方から申し上げます」


 しどろもどろになった俺をミズキが庇おうとしたが、父さんは頭を左右に振った。


「それでは駄目だ。エナミ、おまえの口からちゃんと話すんだ。ミズキくんはおまえの大切な人なんだろう? 好きな相手のことを堂々と話すことすらできないのなら、俺は二人の仲を許すことはできない」


 その通りだな。ただでさえ俺達は理解されにくい少数派の同性カップルなんだ。なぁなぁで誤魔化したりなんかしたら、余計に俺達の印象を悪くしてしまう。自分で自分を否定してどうする。

 俺はさっきの父さんのように目を瞑った。だが息を吐いた父さんとは違い俺は吸った。新鮮な空気が肺に入って脳が少しだけ活性化できたようだ。

 まぶたを開けて俺は父さんに言った。


「彼はミズキ。兵団では俺の先輩で上司に当たる。カザシロの戦いで二人とも討たれて、地獄に落ちてしまったんだ」


 俺とミズキはただお互いが好きなだけなんだ。悪いことはしていない。俺は背筋を伸ばした。


「同じ兵士と言っても、戦争で急遽徴兵された俺と、正規兵で士官学校も出ているミズキとでは接点が無かった。俺は地獄で出会うまでミズキのことを知らなかった」

「では……、おまえ達は交際期間が短いのか?」

「恋人関係になったのは昨日だよ。出会ってからもまだ十日だ」

「それは……」


 父さんは不安な面持ちで俺を見た。


「でもね父さん、地獄の環境が過酷だから、それで身近な誰かに適当にすがったって訳では決して無いんだよ」


 父さんは驚いた顔をした。自分が指摘しようとしたことを、俺に先に言われたからだろう。


「ミズキは大した奴なんだ。地獄に落ちてからね、桜里オウリの隊はマサオミ様に再会できるまでは、十代以下のガキばっかりだったんだよ。そんな状況で生き残れたのはミズキがみんなを率いてくれたからだ。流石は正規軍人だなって俺は感心していたけど、後で聞いたところによると、ミズキもカザシロの戦いが初陣の新人だったんだ」


 地獄だけじゃない。現世でもミズキは俺達の恩人だった。 


「それにね……マサオミ様に伺ったんだけど、ミズキはカザシロの戦いで味方の兵が撤退する際に、しんがりを務めてくれたそうなんだ。彼が襲って来る敵兵を防いでくれたから、負傷した俺とセイヤは軍医の元まで運ばれることができて、今も生きていられるんだよ」


 父さんは息子の命の恩人であるミズキの顔をしげしげと眺めた。


「でもミズキは自分から手柄を吹聴したり、恩に着せることは一切しない奴なんだ。黙って仲間の為に動く、そういう奴なんだよ」


 父さんもそういうタイプだって、以前イサハヤ殿が話してくれたな。


「ミズキだって新人なんだから、初陣が怖かっただろうし、地獄に落ちてからは不安だったと思う。それなのに人のことばっかり気に掛けてる。管理人の一人が父さんだと知って落ち込んだ時や、母さんの仇の隠密隊と戦っておかしくなり掛けた時、俺の傍にはいつもミズキが居てくれた。真面目で優しい男なんだ」


 俺はここで少し笑った。


「そのくせミズキはね、自分の悩みは人に言えないんだ。自分の中に抱え込んで、煮詰まっちゃったりする不器用な面も有るんだよ」


 くちづけの時と、肉体関係を持つ前な。これは父さんには言えない。


「俺はそんなミズキが大好きなんだ。責任感が強い所も、剣の腕が立つ所も、言葉足らずで相手に冷たいと誤解されてしまう所も、全部全部好きなんだよ。たとえ同性の恋人だと誰かに後ろ指を差されることが有ったとしても、俺はずっとミズキと一緒に居たい」


 もう俺に後ろめたさは無かった。清々しい気持ちで父さんの前で本心を言えた。

 隣りのミズキが頭を下げてから発言した。


「私も同じ気持ちでおります。エナミとずっとり続けること、それが私の最大の願いです」


 俺も頭を下げた。


「父さん、俺達のことを許してくれ。父さんには認めてもらいたい!」


 少しの間が有ったが、温かい父さんの声が俺達に届いた。


「……二人を祝福しよう。許すも何も、俺の口出しで壊れる絆では無さそうだ」


 俺とミズキは顔を上げて父さんを見た。


「これから先、苦難に何度も遭遇するだろう。だが今の気持ちを忘れず、互いを尊重して協力し合いなさい。そうすればきっと、おまえ達の前に幸せな未来が開ける」


 認められた嬉しさに、俺とミズキはつい手を取り合った。しかし幸せな空気に水を差す者が居た。


「甘い、甘いぞイオリ。十七歳の子供が男にのめり込むのはまだ早過ぎる」


 すっかり俺のお母さん的存在になったイサハヤ殿だった。


「イオリさんが認めたんだからいいじゃねーか。俺らも祝福してやろーぜ真木マキさん」


 となるとマサオミ様は理解有るお兄ちゃん的な役割か。相談に乗ってもらった時は役に立たないアドバイスを連発されたが。


「だいたい桜里オウリじゃ十六で成人なんだからエナミは子供じゃねーよ。州央スオウはもっと早くて十五で成人だろ?」

「成人の基準を二十歳まで引き上げるべきだと私は思う。十代で男と交際なんて早過ぎる。男はケダモノだ」

「自分だって男じゃね-かよ」


 お母さんとお兄ちゃんが言い争う中へ父さんが入った。


「イサハヤ、おまえと知り合ったのは十八の終わりだったが、その時点で五十人以上の女性と交際したとか自慢していなかったか?」

「うわぁ……」


 素で引いた俺にイサハヤ殿が慌てて言い訳をした。


「違うからエナミ! 大物振りたくてちょっと大げさに言っただけだから! 本当の私はそんなに軽薄じゃないから!」

「いや毎回連れている女性が違ったじゃないか。おまえ兵団の男性用宿舎にまで連れ込んでたよな? 現場を見せられた俺の気まずさと言ったら」


 俺は更に引いた。ミズキに至っては汚物を見る目をイサハヤ殿に向けていた。


「うわー真木マキさんてばサイテー。女の敵ー」

「うるっさいわマサオミ、棒読みで非難するな! 貴様だって似たようなものだろうが!! 上月コウヅキ家嫡男のヤンチャ振りは州央スオウでも有名だったぞ!?」

「あんたほどじゃねーよ! 本命の女ができてからは節制したし!」

上月コウヅキ殿、友が迷惑を掛けてすまないね。こいつは自分のことを棚に上げて人を説教する悪い癖が有るんだが、矛盾点を淡々と突いていけば大人しくなるから」

「なるほど、怒鳴り返すんじゃなくて冷静にやり返せばいいんだな?」

「そうそう」

「おいイオリ、マサオミに私の取り扱い方を伝授するな!」


 とても軍の高官とは思えないオジさん三人組のやり取りを冷めた目で見ていると、後ろからシキに背中を叩かれた。


「よく言ったなご主人! 親父さんに認められて良かったじゃねぇか!」

「ミズキもおめでとう、二人で幸せになるんでちゅよー?」


 ミユウはミズキに背後から抱き付いたが、彼が刀に手を掛けたのですぐに離れた。

 馬鹿ばっかりだな、この隊は。そしてみんなお人好しだ。それがとても嬉しくて、俺とミズキは顔を見合わせてふふっと笑った。

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