未来へ向く心(一)

 心に一応の折り合いを付けられたセイヤは、身体を癒す為に横になって眠ることにした。ランとサクラがすぐに彼の隣に寝転び、一緒にお昼寝となった。


「私も少し寝るか……」


 呟いたトモハルにアオイが笑顔で勧めた。


「そうして下さい。私がここで中隊長を見守っていますから!」

「え? いやずっと見られていると寝ずらいぞ……」

「なら私もランのように、中隊長に添い寝しましょうか?」

「ばっ、馬鹿……、そんなこと……!」


 トモハルは照れ顔で見物人の俺達を気にした。アオイは押せ押せだな。頑張れ。


「彼らの邪魔になりそうだな、俺達は他へ移ろうか」


 父さんが俺に向かって言った。


「でも、父さんも休まなきゃ……」

「休むさ、おまえの傍で。久し振りにいろいろ話したいしな」

「うん……!」


 俺は移動の為に父さんへ肩を貸そうとしたが、イサハヤ殿に先を越された。


「イオリ、俺もおまえと語らいたい。何せ一日しか無いんだからな」

「あ、俺も」


 マサオミ様がイサハヤ殿の逆側から父さんを支えた。あれ、大将達も来るの? とか思ったら甘かった。


「私もご一緒させて下さい。お義父とうさんの人となりを知りたいです」


 すました顔で一歩前に出たのはもちろんミズキだ。


「誰がおまえの義父さんだ」

「あなたではないことは確かですよ、イサハヤ殿」


 ミズキとイサハヤ殿が睨み合った。いつもの嫌な予感がした。案の定、シキとミユウもニヤニヤしながら付いて来ようとした。


「ちょっと、みんなで来る気ですか!?」

「みんなじゃないぜ。うぉーいヨモギにアオイ、怪我人達を頼んだぜー」

「はーい」

「ばう」


 おい。ほとんどの人間が俺と父さんに付いて来ることになった。何処の民族大移動だ。

 会話しても寝ている二人の邪魔にならない程度の距離へ移って、俺達は腰を落ち着けた。

 父さんを真ん中に左にイサハヤ殿、右にマサオミ様。俺は父さんの対面で、ミズキはあたりまえのように俺の隣に座った。俺達の後ろに陣取ったシキとミユウの表情は窺い知れないが、きっとまだニヤニヤしている。だって完全に親に結婚報告に来た若い恋人達の図だもの。


「さて、エナミとミズキの件なんだが……イオリ、おまえは正直どう思っているんだ?」


 いきなりイサハヤ殿が仕切り出した。親子の語らいをさせる気無いな。


「いや、その話題についてはもう少し心が落ち着いてからにしてくれ、イサハヤ」


 ごめんね父さん。まだ混乱しているんだね。


「まずは娘のことを聞きたい。エナミ、さっき私への呼びかけでキサラのことを言っていなかったか? あの子がまだ生きていると……」


 姉さんのことを口にした父さんに、俺は即座に反応した。


「そう! そうだよ! 姉さんは州央スオウで生きているんだよ!!」


 父さんの顔が見る見るうちにほころんでいった。


「そうか……あの子も生きていてくれたか……」


 俺は嬉しかった。国を捨てて桜里オウリに移住したけれど、父さんは姉さんのことを見捨てた訳じゃなかった。やはりいつか州央スオウに戻って姉さんを捜すつりだったんだろう。死んで管理人となった後も子供達を案じてくれていた。父さんはずっと俺達の父さんなんだ。


「あの子には何もしてやれなかったが、キサラは今、幸せにしているのだろうか?」


 父さんに問われて俺は言葉に詰まった。代わりに後ろに控えているシキが答えた。


「幸せとは言えません。彼女は現在、京坂キョウサカの子飼いの忍びとして隠密隊に所属しています」

「あの子が忍びに!? どうしてそんなことに!?」

「俺が彼女を組織に連れて行ったからです」

「!?」


 馬鹿野郎シキ、余計な事は言わなくていい。父さんがシキを凝視した。


「キミは……何者だ? 見たところ州央スオウ兵団の軍服を着ているが……」

「これは兵団に潜入する為の変装です。俺も元は隠密隊の人間でした。あなたの家が襲撃された日、俺もあそこに居たんですよ」

「今……何と言った?」

「俺も襲撃隊の一員だったと言いました」


 シキの告白を聞いた父さんが腰を浮かせた。父さんの殺気がシキへ放たれた。


「……殺したいのならどうぞ。一度生きることを手放した人間です」


 死に対して達観しているシキを俺は怒鳴りつけた。


「死ぬことは許さないと言った! おまえの今の主人は俺だ! 主人の命令に従えないのか!?」

「主人……?」

「イオリ、今はエナミの話を聞いてくれ」

「ああ。怪我してる身で興奮しちゃ駄目だぜ?」


 父さんは左右の大将達に諫められてひとまず着席した。


「エナミ、どういうことだ? どうしてその男を庇うんだ?」

「こいつ……シキは俺と主従契約を結んで、隠密隊から足抜けしたんだよ。もう敵じゃない」

「だが、かつては隠密隊だった」

「うん。俺だって母さんの仇だし、姉さんをさらわれたし、仲間を殺されたからこいつを恨んでたよ。できる限りの苦痛を与えてから殺したいってずっと思ってた。実際に地獄で何度もやりあったし」


 ほんの数日前までシキは宿敵だった。その彼を俺が庇うことになるなんて。


「でも……、こいつは自分の弟分が死んでから生きる気力を無くしてしまった。その時初めてこいつのことを俺達と同じ、誰かの死を悲しむ人間だと思うようになったんだ」

「………………」

「シキのやってきた行いは酷い事だ。でも全て京坂キョウサカの命令だった。それは……父さんも同じじゃないの?」


 父さんの眉間に皺が刻まれた。ごめんね父さん、あなたを卑下するつもりは無いんだ。ただ、イズハ現国王の命令で暗殺者となった父さんなら、シキの立場と苦悩を誰よりも理解できると思った。


「シキは仲間になってからは、身体を張って隊の役に立とうとしてくれているよ。父さんだって見ただろう? こいつが自分を盾にしてセイヤを守ろうとした姿を」


 父さんは左手で自分の頭を支えた。唇を嚙んでいる。


「それにね、元隠密だったシキは姉さんを救うにも、京坂キョウサカと戦うにも、絶対に役に立つ人材となるはずなんだ。殺すより傍に置いた方がいい」

「エナミ……シキを生かして使う。それがおまえの意志なのか?」


 俺は父さんに頷いた。父さんは苦しそうに、だが俺の意志を後押しする言葉を吐き出した。


「俺はその男を許せない……。だが俺は去り、おまえ達はこれからを生きる人間だ。彼のことはおまえに任せる」

「父さん……ありがとう」

「だがシキ、覚えておけ。おまえがエナミの信頼を裏切ったその時は、地獄の最下層からでも甦って俺はおまえを八つ裂きにする」


 父さんに凄まれたシキは静かに述べた。


「……安心して下さい。俺がご主人を裏切ることは無いでしょう。不思議とね、この人に対してはそんな気持ちが沸き上がらないんですよ」


 いつも飄々ひょうひょうとして掴みどころのないシキだが、この言葉は本心から言ってくれているように俺は感じた。

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