イオリと共に(二)

「俺が……キミ達の隊に……」


 マサオミ様の提案には驚いたが、確かに父さんが隊に加わってくれるのなら戦力が大幅に上がる。今なら最強の管理人も倒せるんじゃないかと俺は興奮したが、父さんは静かに言った。


「俺にできることなら何でも協力しよう。しかし、残念ながら俺にはあまり時間が残されていないんだ」


 父さんは一度死んでいる。瀕死の人間が集う地獄の第一階層で動けているのは、仮面から供給されていた生命エネルギーが身体に多少溜まっているからだ。


「案内人の話では、仮面を失っても一日くらいは活動できるそうじゃないか」

「……仮面と管理人について、知っていたのか?」

「ああ、もっと詳しくはマホに聞いた。ちょっと前に管理人をしていた女だよ」

獅子座シシザマホ殿か。彼女は桜里オウリ兵団の軍師だったな」


 管理人同士は、仮面を通して情報を共有し合うのだ。


「マホは管理人をして数日しか経っていなかったから、蓄積された生命エネルギーが少なくてすぐに動けなくなった……。だが地獄で三百年間も管理人をやってきたあんたなら、もっと長く動けるはずだろう?」

「可能だろうな。一日くらいなら」


 父さんはセイヤとトモハルを見た。


「彼らの回復を待って生者の塔……いや、草薙クサナギヨウイチ氏に挑むつもりなのか?」


 マサオミ様はしっかりと頷いた。


「そうだ。ヨウイチさんを倒せるのはイオリさん、あんたが居る今しか無いと俺は思う。真木マキさん、あんたの意見はどうだ?」

「貴様の意見に同意する。囮を立てたところで大半の者が命を落とすなら、結果的に全滅したとしても勝てる可能性を信じて戦いたい。皆はどうだ? 遠慮無く本心を言え」

「戦います!」


 真っ先にトモハルが言った。


「そして生き残ります! 現世で京坂キョウサカの圧政に苦しむ州央スオウの民を救う為に!」


 彼の発言を皮切りに、「俺も戦う!」「私も!」とみんなが続いた。もちろん俺も。


「よし、皆の意志は一つのようだな。後はおまえだイオリ、我らと志を共にしてくれるか?」


 イサハヤ殿に尋ねられ、父さんは強い眼差しを彼に向けた。


「共に戦おう。必ずおまえ達を現世に戻してみせる。そしてイサハヤに上月コウヅキ殿、京坂キョウサカを倒して州央スオウを……世界を変えてくれ」


 父さんとイサハヤ殿は手を握り合い、その上にマサオミ様も手の平を乗せた。

 死別した親友、敵国の将が共闘の誓いを交わしたのだ。まさかこんな光景を見られる日が来るなんて。俺は泣きそうになった。


「よし、明日夜が明けたらすぐに出発するぞ。また四時間くらい歩くからな。生者の塔攻略前に休憩を入れるが、それでも明日は強行軍になる。今日は全員ゆっくり休んでおけよ!」

「その前にマサオミ、ランの処遇を決めなくては」

「ああ、そうだな」


 みんなから視線を向けられ、ランはヨモギの陰に隠れた。


「ヨウイチ氏と戦う我々は、最悪全滅の恐れが有る。戦いが終わるまでランを待機させておけない。我々に管理人の注意が向いている間に、彼女だけでも生者の塔へ届けないと」

「だな。ヨモギの背中に乗せて、隙を見て走らせるか」

「それでは駄目です。現世でランを保護できる人間を付き添わせないと」


 俺は大将達の会話に口を挟んだ。


「ランは現在桜里オウリの陣営で手当を受けているようですが、口添えする者が居ないと、そのうち彼女は親元に返されてしまうでしょう」

「あ……」


 事情を知らない父さん以外のみんなが暗い表情になった。ランを日常的に虐待していた母親。そんな人物の元にランを戻すことはできない。


「エナミの言う通りだな。セイヤ、おまえがランを連れて生者の塔へ走れ」


 マサオミ様に指名されたセイヤは、負傷しているのに起き上がった。


「そんなの嫌です! みんなを囮にして走れません! 俺も戦います!!」

「阿保、今までの話を聞いてなかったのか? 俺達は仲間を囮にするのが嫌だから戦うんだ」

「だからって……。俺、弱いですけど、俺だってみんなの為に戦いたいんです!」

「だからこそだセイヤ。ランの為に走れ。おまえがランと一緒に行くべきなんだ」


 俺に言われたセイヤは俺を睨んだ。


「俺達はいつも一緒だったろ? ずっと友達だろ? おまえとミズキは戦うのに、俺だけ仲間外れにするのか!?」


 セイヤの無念さは理解できる。ずっと一緒だった仲間達が管理人と死闘を繰り広げている横を、何もせずに走り抜けろと言われたら俺だって反発するだろう。仲間を助ける為に何かしたい。でも。

 たった四歳で罪を犯して地獄に落ちてしまった少女。ランのこれからの幸せを願わずにはいられない。そして彼女の手を引く最適な相手はセイヤなのだ。


「この中でランはおまえに一番懐いている。彼女の手を決して離すな、傍に居てやれ」


 セイヤはヨモギに引っ付くランを見た。弱々しい幼い少女。


「そりゃランのことは守ってやりたいよ……。今じゃ妹みたいなモンだ。でも……でも、みんなが必死で戦ってるのに俺だけ……」

「おまえの行動も戦いだ」


 ミズキもセイヤの説得に参加した。


「最強の管理人から小さな女の子を守るんだぞ? 大仕事だ。おまえはおまえの役割を、命を懸けて果たすんだ」

「俺の役割……」

「そうだ、ランと一緒に走れ。何が遭っても」

「それが……俺の戦い?」

「ああ。やり遂げて見せろ」

「…………解ったよ。必ずランを生者の塔まで連れて行く。何が遭っても」


 その「何か」には仲間の死も含まれるかもしれない。それでもセイヤ、ランと共に走るんだ。 

 セイヤはうつむいて肩を震わせた。


「エナミ……ミズキ……。おまえ達も生き延びるよな? また会えるよな……?」

「あたりまえだ。後から行くから、先に現世に帰って待っていろ」

「俺達はずっと友達だ」


 泣き出したセイヤの肩を、左右から俺とミズキとで抱いた。

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