イオリと共に(一)
怪我人が小丘群の土壁内へ運び込まれた。案内鳥に戦いが終わったことを聞いたのだろう、ランがヨモギとサクラと共に湿地帯から戻って来ていた。
「お兄ちゃん!!」
そして負傷したセイヤの傍へ駆け寄った。俺とミズキはいつの間にか呼び捨てにされていたが、セイヤはまだ「お兄ちゃん」なんだな。ランにとって血の繋がりは無くとも、セイヤは実の家族にも等しい存在になったのだろう。この二人は何としても揃って現世に帰してやりたい。
「イオリ!?」
最後に丘へ入った俺達を見て、先に来ていたイサハヤ殿が顔色を変えた。
「歩けない程につらいのか!? どこが痛い?」
たぶん心です。父さんは息子の俺が男と熱愛中という事実を突き付けられて、ショックで生きる屍と化していた。歩けなくなったので結局、怪力持ちのミユウに背負われてここまで来た。ここぞとばかりにミユウは父さんの尻をお触りしていた。
「到着ですわよ」
父さんはセイヤとトモハルに並んで地面に寝かされた。
「イオリ、しっかりしろ!」
「え、イオリおじさん……? 大丈夫スか?」
「どうした? 怪我の程度が酷いのか?」
皆が口々に父さんを案じる言葉を出した。負傷しているセイヤまでもが。見たところ、セイヤとトモハルは命にかかわる怪我ではなさそうだ。静かに休めば半日ほどで回復するだろう。マサオミ様とシキも負傷しているが普通に動けていた。
「イサハヤ……」
父さんが重々しく口を開いた。
「息子に男性の恋人ができたそうだ……」
何人かが「ああ~」と呟き父さんの不調の理由を納得した。ありがたいことにセイヤが俺達をかばってくれた。
「おじさん、そりゃ最初は受け入れられないだろうけど、ミズキはいい奴だぜ?」
「性格以前に性別が……。同性婚が認められるってどれだけ革新的なんだ
父さんは発言したセイヤの顔をまじまじと見つめた。
「キミは……本当にあのセイヤくんなのか!? 実直なキミまで地獄に落ちるなんて……。すまない、俺の弓で大怪我をさせた。隣りの貴方も」
父さんはセイヤとトモハルに気づいて彼らに詫びた。
「気にしないでくれよ、おじさんじゃなくてあの仮面のせいなんだから。それに俺の怪我はさ、俺の
「そうです。我々が未熟だっただけです」
セイヤとトモハルは父さんに敵意を抱いていないことを示した。
「シキ、それにマサオミ様、申し訳有りません。俺のせいで傷を負わせてしまいました」
「ばーか、気にすんな」
「おたくはご主人の親友らしいからな」
セイヤに続いて、トモハルも自分の命の恩人に礼を述べた。
「アオイ、おかげで命拾いをした。ありがとう」
「中隊…………ふぅっ、ふあぁっ」
それまで気丈に振る舞っていたアオイだったが、ここで一気に涙腺を崩壊させた。
「ア、アオイ!?」
「ちょっと洗濯板女、何泣いていますの?」
二人の男がオロオロする中で、アオイは胸の内を
「良かった……良かった……、今度は助けられたぁぁ!!」
アオイは短期間でたくさんの仲間の死に目に遭遇していた。俺達に会う前に地獄で行動を共にしていた
アオイは充分に強い。それでも男の兵士達は女性であるアオイを守り、優先的に逃がそうとしたのだろう。同じ兵士でありながら優遇され自分だけ生かされることに、きっと彼女の心は
「あーもう、泣くんじゃありませんわ。ブスいお顔がもっとブスになりましてよ?」
言葉とは裏腹にミユウは優しくアオイの背中を擦った。トモハルが不機嫌そうに見上げた。
「おい……、彼女を慰めるのは私の役割ではないのか?」
「悔しいんならさっさと怪我を治すんですのね、触覚前髪」
トモハルの前髪は色々な呼び方をされているな。しかしミユウに嫉妬したとなると、トモハルもアオイに多少は気が有るってことだよな。良かったなアオイ。
「イオリさん、仮面無しでは初めまして、だよな? 俺は
マサオミ様が父さんに挨拶をした。
「
大将の装束と名家の姓。相手が大物であることを察した父さんは身体を起こそうとしたが、マサオミ様が止めた。
「どうぞそのままで」
「ありがとうございます。息子がお世話になりました、
「もっとくだけた態度で構いませんよ。俺の方が年下だし、
「ありがとう。軍事演習で一度イサハヤと打ち合ったとか」
「ああ~、流星の
「……まだ根に持っていたのか」
ボソリと呟いたイサハヤ殿をマサオミ様がどついた。
「当たり前だろーが。消えるどころか定着しちまったわ、どうしてくれる」
二人のやり取りを見て父さんが不思議そうに述べた。
「キミ達はずいぶんと仲がいいんだな。最近ここに落ちてくる
「悪化も何も、上では戦争やってるぜ?」
「ええ!? 本当かイサハヤ!?」
「残念だが本当だ。マサオミと私は十日前に上の森で、互いの部下を率いて殺し合ったんだ」
「それが……どうして現在は協力関係にあるんだ?」
「共通の敵ができたからだ」
「それは……?」
「国防大臣の
「!…………」
父さんの顔が険しくなった。イサハヤ殿が続けた。
「
「王族に刃を向ける気か、イサハヤ……」
「もはや今の王家に忠誠を捧げる価値は無い」
「そうではなく、敵が強大だと言っているんだ。おまえも俺のようになってしまうぞ!?」
心配して忠告する父さんに対して、イサハヤ殿は寂しそうに笑った。
「だから、私に何も告げずに姿を消したのか? イオリ」
「……………………」
「安心しろ。今の私はおまえが知っている青二才ではない。軍部に協力者を作り、そして
イサハヤ殿とマサオミ様は目配せし合った。
「そういうこった。だがまずは何としても現世に帰らんことには話が進まない」
「……それならば、最強の管理人である
「それは絶対にしたくねぇ。俺達は全力で戦って管理人を倒す。そして現世に帰る」
マサオミ様が断言した。
「無謀だ! ヨウイチ氏に挑むなんて……」
「今までの戦力ならな。あんた一人にも手こずってたし」
「そうだ。俺に苦戦するようではヨウイチ氏には勝てないぞ? 彼の強さは桁違いだ」
「だが今は、よく判らんがエナミが覚醒して凄い技を使えるようになった」
みんなの目が俺に集中して一瞬呼吸が止まった。
「それと強力な助っ人が加入した」
「それは……?」」
マサオミ様は悪ガキみたいな笑顔でさらっと言った。
「あんただよ、イオリさん」
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