父と息子(三)

「中隊長!!」

「トモハル!」


 アオイとイサハヤ殿がほぼ同時に悲痛な声を発した。

 俺とセイヤはもう父さんに溜め矢を撃たせないように、必死に矢を飛ばして邪魔をした。

 しかしこの間に、せっかく羽にダメージを与えたマヒトが立ち直ってしまった。


 ヒュルルン!

 鎖鎌くさりがまの分銅が倒れたトモハルの元へ伸びた。とどめを刺される! それを止めてくれたのは槍を構えたアオイだった。


「させるかぁっ!」


 トモハルの前に立ったアオイは槍の柄で分銅を受け止めた。威力を殺せず身体を後ろに押し出されたが、アオイはトモハルにぶつかる寸前に下半身で踏ん張った。

 そんな彼女に、マヒトはもう一方の鎌の鎖も伸ばして襲い掛かった。


(やられる!)


 俺は父さんに矢を飛ばしながらも、横目で窺っていたアオイの窮地に心臓がキュッと縮んだ。

 しかしアオイは今度は真正面から受け止めずに、横に退いた姿勢で下方から槍を回転させて、見事に分銅を弾いてみせたのだ。そればかりか空中のマヒトに啖呵たんかを切った。


「エナミの矢より全然遅いわ! 見えてんのよ馬鹿マヒト!!」


 正直驚いた。俺も彼女を侮っていたようだ。シキが言った通り、アオイは可愛い見た目のか弱そうな女性だから。実際は俺よりもずっと強い戦士なのかもしれない。


「やるじゃん、洗濯板女」


 ミユウの褒め言葉が背後から聞こえた。

 マヒトはまたヒュンヒュン鎖を鳴らして仕切り直しを図っているが、トモハルを囲んでイサハヤ殿、マサオミ様、シキが集結した。アオイも含めて四人もの猛者もさが揃ったのだ。生前の能力を底上げされたとはいえ、新人管理人のマヒトに討たれることはもうないだろう。


 問題は父さんだ。撃っても撃ってもかわされてしまう。そしてそれ以上に問題なのが俺の腕の疲労だった。弓を支える左手も、弦を引く右手も痛くて痺れてきた。


「ミズキ、これ以上は腕の負担が大きい遠方射撃を続けられない。俺も平原に出て近い距離から父さんを狙う」

「了解。俺がおまえの前に立ち、飛んで来た矢と鎌を防いでやる」


 俺とミズキは頷き合ってから揃って平原へ駆け出た。

 新しく出現した戦士である俺達へ、父さんは牽制の矢を連射した。それらは二本ともミズキが双刀で弾いた。初めて父さんと戦った時は避けるだけだった彼だが、矢の軌道を完全に読んで弾くまでに成長していた。流石は天才剣士だ。

 ミズキが有言実行で俺を守ってくれているので、俺は射撃に専念した。さっきよりも距離が近くなったので、俺も速射や連射ができるようになった。


「マヒトは任せろ! 射手は何としてもイオリを撃ち落とせ!!」


 イサハヤ殿達がマヒトと睨み合い、俺とセイヤは父さんと撃ち合った。管理人と戦士達の一進一退の攻防が繰り広げられた。

 そんな風にしばらく続いた膠着こうちゃく状態だったが、セイヤも平原に出て来たことで状況が一変した。


(セイヤ!? おい、駄目だ!)


 きっと彼も遠方射撃で腕が痛くなったのだ。俺と同じように父さんとの距離を詰めようとしたのだろう。しかしセイヤは小丘が造る土壁の囲いから出るべきではなかった。何故ならミズキに守られている俺と違って、彼には護衛役が居ないのだ。そして矢をかわす訓練も受けていなかった。


「馬鹿野郎、戻れ!」


 シキが叫んでセイヤの元へ走った。マサオミ様も。でも間に合わなかった。

 父さんが無慈悲に放った二本の矢は、走るセイヤの右肩と左脚ふくらはぎを貫いた。


「うあっ!」

「セイヤぁ!!」


 身体に二つの穴を空けたセイヤは倒れたが、そこから地面を滑らせるようにシキの足元へ弓を投げた。弓を受け取ったシキは、矢筒からこぼれて散らばった矢を拾い父さんへ構えた。マサオミ様が二人の護衛役となった。


(セイヤ、セイヤ……!)


 セイヤはトモハル以上の深手を負ったように見えた。矢が貫通したので出血が凄い。さっき互いに生き延びると約束したばかりだというのに。

 俺とシキは連射でとにかく父さんへ撃ちまくった。 


(早くケリをつけないとセイヤがたない!)


 俺の身体が疲労以外の汗を掻いた。腕の痛みに耐えながらセイヤを救う為に矢を飛ばした。

 だのに、ああ、なんて事だろう。ここで移動したマヒトの鎖鎌がセイヤに伸びたのだ。マサオミ様が刀で分銅を防いだが、その代わりに父さんが放った矢がノーガードとなり、シキの左腕の肘の近く、腕橈骨筋わんとうこつきんに突き刺さった。


「シキ!」

「くそっ……」


 腕を負傷してもう弓を引けないと判断したのだろう、シキは弓を投げ捨てて倒れたセイヤの身体に覆い被さった。セイヤを守る肉の壁となるつもりだ。

 走馬灯のように俺の脳裏に哀しい記憶が蘇った。俺を守る為に俺を抱きしめて、現世でトモハルに斬られたセイヤ。


「やめろシキ! おまえまでられる!」


 マサオミ様から怒号をぶつけられてもシキは離れなかった。マサオミ様は刀を振り回して父さんの矢とマヒトの鎌を凌いでいるが、一人では無理だ。


「ミズキ! あんたもあそこへ行ってくれ!」

「断る! 俺が離れれば無防備になったおまえが集中砲火で狙われる!」


 俺の懇願こんがんをミズキは叶えてくれなかった。だが彼の言う通りなのだろう。だからイサハヤ殿とアオイもトモハルの傍から離れられないのだ。二人は悔しそうな表情で事の成り行きを見守っていた。

 このままではセイヤとシキが確実に殺されてしまう。俺一人の弓では父さんを止められない。どうしたらいい? どう動けばいい?


「……チイッ」


 マサオミ様の軍服の白い部分に赤い線が走った。マヒトの鎌の刃がマサオミ様の身体を掠めたのだ。

 そんな、嫌だ。みんながなぶり殺される未来が見えた。俺は堪らず絶叫していた。


「父さん、やめてくれ!! そいつはセイヤなんだ!!」


 空の父さんがこちらを見た。


「覚えてるだろう? セイヤは俺の親友だ! 何度も家に遊びに来たじゃないか!!」


 しかし父さんは視線をまたセイヤとシキに戻し、あろうことか気を溜め始めた。


「やめろぉぉ!!」


 俺も弓を構えた。俺の矢では父さんを止められないことを知っていながら。


(助けて。誰か助けて。母さん、俺に父さんを止める力をくれ)


 痛む俺の腕にはもはやほとんど感覚が無かった。それでも弦を引いた。


(もっと強い力が欲しい。父さんの弓を打ち砕く強固な弓と矢が欲しい)


 指先が震えて狙いが上手く定まらない。父さんの溜め攻撃を中断させないとセイヤ、シキ、マサオミ様は確実に死ぬ。


(欲しい、強い力が!!!!)


 その願いだけが俺の身体と脳を支配した瞬間、構えている弓が光り出した。

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