父と息子(二)

 先に撃ったのはセイヤだった。力強い矢が北から父さん目掛けて飛んだ。それに合わせて東南からも俺が矢を飛ばした。交差した二本の矢は父さんの羽を微かに掠めた。

 続けて撃つ。弦の強い引きが必要となる遠方射撃だから速射はできないが、できるだけ早く、連続して矢を放った。セイヤも頑張っている。力持ちな分、俺よりも早く次の矢を撃てていた。


(くそっ……)


 父さんの溜め攻撃は俺達の矢によって、一度は中断させられた。しかしそれだけだった。何度も交戦を重ねた結果、父さんの仮面は俺達の顔と隊の構成人数をおおよそ把握したのだろう、射手が隠れていることを見透かされていた。それ故に彼を撃ち落とせるまでには至っていない。

 焦る俺達を嘲笑あざわらうかのように、父さんは翼をはためかせて上昇した。矢が届きにくい高度まで。そこまで上がると父さんだって俺達ヘ攻撃がしにくいはずなのに。


(どうする気だ……?)


 見ているしかできなかった俺達の視線の先で、父さんは空に向かって溜め矢を放った。


(え……?)


 シュクオォォォォォン!!


 放たれた矢は耳障りなけたたましい音を立てた。兵団で友軍に撤退を知らせる際の信号弾のような音だった。

 信号? まさか!? 俺は隣に居るミズキに意見を求めた。


「ミズキ、あれはもしかして……」

「ああ、きっと仲間を呼んだんだ」


 俺達は思い出していた。マホ様が管理人だった頃、彼女は鎌を鳴らして仲間の父さんを呼んでいた。


「気を付けて! 父さんは仲間の管理人をここへ呼ぶつもりです!!」


 俺は平原に出ている州央スオウ兵達に大声で注意喚起をした。三名の州央スオウ兵は戸惑った表情で俺と空を交互に見た。彼らは管理人も共闘するということを知らなかった。

 俺はミズキと囁き合った。


「父さんの信号で誰が来ると思う?」

草薙クサナギヨウイチ殿は最後の管理人として塔の傍に残るだろう。ならば一人しか居ない」

「マヒトか……!」


 あいつとも今日殺し合うのか。ついこの間まで仲間で、馬鹿話をして、友達になれた相手だった。


「迷うなエナミ。それが管理人となったマヒトを救う、唯一の方法なんだ」


 そう言ったミズキは俺以上につらそうだった。マヒトが地獄に落ちることになったのは、現世でミズキが彼を斬ったからなのだ。


「案内人に聞いた時は、マヒトは砂漠地帯に居たんだよな?」


 砂漠は俺達の最初の拠点だった山のずっと先。空を飛べるといってもここまではかなり距離が有るはずだ。そんな遠くまで信号弾の音は届くものなのだろうか。


「おい、忠告しておいてやる」


 東の空を眺める俺とミズキに、ミユウが物申した。


「地獄の地形はループ……繋がっているんだ。東に居た相手が東から来るとは限らないぞ?」

「!」


 俺は即座に振り返った。……居た。


「西! 西の空からマヒトが来ます!!」


 声の限り叫んだ。えっ、という表情で州央スオウ兵達が西へ注目した。その隙を突いて上空の父さんが射程圏内まで降りて彼らに弓を構えた。させるか! 俺は父さんに牽制の矢を放ったが、父さんは簡単に避けてアオイを撃った。


「キャアッ!?」


 回避行動が遅れたアオイは横っ飛びで何とかかわしたが、地面をゴロゴロ転がった。

 続く矢もアオイへ向かったが、それはトモハルが刀で弾いた。


「アオイ、大丈夫か!?」

「中隊長、左!」


 アオイの前に盾となって立ったトモハルの左側に、光る刃が襲い掛かった。


「くっ」


 それは鎌の刃だった。トモハルは鎌が当たる寸前で身をかわしたはずだが、風圧なのか鎌が何らかの気をまとっていたのか、トモハルの右上腕の皮膚が軍服と共に切り裂かれた。

 そして鎌には長い鎖が付いていた。その鎖の先には分銅らしきものが付いている。刃で肉を、分銅で骨を砕く恐ろしい鎖鎌くさりがまだ。持ち主である管理人マヒトは、父さんとの合流を果たしてしまった。


「マヒト……」


 双剣使いだった彼は両手にそれぞれ一本ずつ鎖鎌を持ち、器用に鎖に繋がれた分銅をヒュンヒュン回して州央スオウ兵達を威嚇いかくした。


「中隊長!」


 立ち上がったアオイは流血しているトモハルに寄った。


「大したことはない。しかし気を付けろ、当たらなくても傷を負う……避けろ!」


 休む間も無く父さんの矢がトモハルとアオイを襲った。体勢を崩しながら矢から逃げる二人に、マヒトも鎖を長く伸ばして鎌を振り回した。


「こっちだマヒト! おまえの相手は私が務めよう!」


 イサハヤ殿が二人からマヒトの注意を逸らすように動いた。呼応するかのように、マサオミ様とシキが小丘の傘の下から飛び出していった。


「こっちにも居るぜ! そっちばっか見てんじゃねぇよ!」


 マヒトの仮面はまだ経験を積んでいなかった。急に増えた獲物に対応できず、キョロキョロと戦士達を見比べた。

 ここだ!


 俺はマヒトへ矢を放った。何とセイヤもほぼ同時に矢を飛ばした。経験の浅いセイヤが凄い判断力を発揮した。

 北と東南から放たれた矢に挟まれる形で、マヒトは逃げ場を失った。俺の矢は前から、セイヤの矢は背後から、マヒトの右の翼に深く突き刺さった。


 ザスンッ!


 黒い羽を周囲に大量にばらまきながら、空中のマヒトは大きく体勢を崩した。いける! 俺は彼を撃ち落とそうと次の矢を弦につがえた。しかし……


 グゴオォォォォォン!!!!


 周囲は大音響に包まれて大地が揺れた。弓を構えたまま後ろへ倒れそうになった俺をミズキが支えた。

 今まで何度も体験した地震。父さんの溜め矢攻撃だった。何をやっているんだよ俺は、あの攻撃の恐ろしさは充分に知っていたはずなのに。マヒトにばかり意識を集中して、短時間とはいえ父さんを自由にしてしまったなんて。

 みんな、みんなは無事なのか……? 俺とミズキは土煙が立ち込める平原を凝視した。

 ああ……。


「トモハルさん!!」


 土煙が晴れた地面には、血にまみれたトモハルが倒れていた。

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