父と息子(一)

 井戸端会議をするオバちゃんの如く、あの手この手でミユウは俺とミズキから恥ずかしい情報を引き出そうとした。ここでようやくシキが主人の為に動いた。遅いよ。


「おいミユウ、ぼちぼち邪魔者は去ろうや」


 シキはミユウの腕を引っ張って立たせようとしたが、ミユウは尻を上げなかった。


「ああ? いいじゃん別に。長生きし過ぎて俺は退屈してるんだよ、刺激に飢えてるんだ」

「だからといってウチのご主人を巻き込むな……うお、上がんねぇ。細く見えて重てーなおたく」

「着瘦せするタイプだからな。これでも脱ぐと筋肉凄いんだぞ? 見るか?」

「いや男の裸見てもつまんねーし」

「エナミとミズキのえっちは見たじゃん」

「いや~だって護衛だし? 忍びって監視任務が基本だからさ」


 思わず俺は突っ込んだ。


「見なくてもいいものは見るな。気を遣って去ってくれ」

「あんま気にすんなってご主人。濡れ場は見慣れてっから」

「俺は見られることに慣れていない」


 俺達がくだらないやり取りをしているところへ、トモハルが駆け込んで来た。


「おまえ達、すぐに連隊長の元へ戻れ!」


 トモハルがまとっていた緊迫した空気は俺達に伝染した。


「どうした!?」

「案内人からの情報だ。管理人が近くの空を飛んでいる。おそらくこちらへ来る」

「! イオリ殿かマヒト、どちらだ?」

「……射手の管理人。エナミの親父殿だ!」

「父さんが……!」


 考えている暇は無かった。俺達はトモハルと共に二人の大将の元まで走った。空を眺めている二人に合流した後、すぐに西側からもアオイとセイヤが駆けて来た。


「セイヤ、ランは大丈夫か?」

「マサオミ様に言われた通り、ヨモギと一緒に湿地帯へ逃がしたぜ。猫も居る」


 俺達大人と離れてランは不安だろうが、高い能力を持った狼と猫が彼女を守ってくれるだろう。


「よし、全員揃ったな」


 イサハヤ殿が俺達に向き直った。


「これからイオリを手前の平原で迎え討つ。まずは私、トモハル、アオイの三人が平原に出る」

「はい!」


 トモハルとアオイの声が重なった。


「イオリの注意が我々に向けられている隙を突いて、エナミとセイヤには何としてもイオリを撃ち落としてもらいたい。彼の翼を積極的に狙え」

「はい!」

「頑張ります!」

「マサオミ、ミズキ、シキの三名は状況に合わせての援護を頼む」

「おうよ」

「はい!」

「ま、ちゃんと働けるってトコお見せしますよ」

「イオリが丘を溜め矢で狙って来た時は散開しろ。……エナミ?」


 東の空を凝視する俺にイサハヤ殿は注目した。


「見えましたイサハヤ殿。間違い無く、父さんです」


 全員が一斉に曇った空を見上げた。彼らにとってはまだ小さな黒い点だろう。だが狩人の俺には見えていた。


「父さん……」


 昨日に続いて今日も父親と殺し合う。仲間と過ごしている間は心が温まるが、戦いになるとここが地獄なんだと思い知らされる。

 マホ様にマヒトにトオコにモリヤ……。心を通わせた人達が次々に死んでいく。もう嫌だ。これ以上誰も死なせない、みんなそう思っているだろう。


「セイヤと俺、飛ばす矢の方向は変えた方がいいですよね。俺は南側の丘へ移動してそこから撃ちます」

「そうだな、頼む」

「んじゃ、南へ行きますか」


 俺に付いて来ようとしたシキに断りを入れた。


「シキ、おまえはセイヤの傍に居るんだ。連射が必要な状況になったら弓を代わってやってくれ」

「……解ったよご主人、気をつけろよ」 

「ならば俺がエナミと行こう。射手と近接攻撃型の戦士は組んで行動した方がいい」


 ミズキが傍に来て、俺は思わずプッと噴き出した。


「何だ?」

「いや、初めて会った日を思い出したんだ。トモハルさんが管理人に襲われていたあの時。ミズキとは臨時で組むことになったけど、息を合わせやすい相手だと思ったんだ」

「あの時か。俺もそう思ったよ」


 相性が良い相手。あの時から俺達は互いを意識していたんだな。


「はいはい決まったらちゃっちゃっと動く。敵は待ってくれませんわよ?」


 ミユウが俺とミズキの腕を掴んでズンズン歩き出した。馬鹿力め。


「エナミ、ミズキ!」


 セイヤに呼び止められた。


「絶対に死ぬなよ! 俺達は生きて現世に帰るんだ! ずっと友達だからな!!」


 俺とミズキはすぐに返した。


「あたりまえだ! おまえこそ死ぬな!」

「絶対に生き延びろ!」


 そして俺達は別れた。必ずまた再会すると決意して。


州央スオウ兵、出るぞ! 我に続け!!」


 南へ向かう俺達の背後から、イサハヤ殿の勇ましい号令が聞こえた。空の父さんのシルエットはずいぶんと大きなものになっていた。一斉に三名の州央スオウ兵達が平原に駆け出し散らばった。


「アオイ、気負うなよ。さっきエナミとやったように動けば矢は当たらない」

「はい!」


 ついに始まる。そして終わりにしよう。もう初めて父さんと戦った時の俺達じゃない。仲間を増やして戦いやすいように拠点も変更した。きっと今度こそ勝てる。

 この戦いに勝利するということは、一度死んだ父さんをもう一度殺すということだ。

 つらいさ、でも地獄の体感時間が現世の六十倍なら、五年前に死んだ父さんはもう三百年間もずっと、管理人として地獄を彷徨っていることになるんだ。先に死んだ母さんに会えないまま。


(母さん、俺がちゃんとできるように見守っていてくれ)


 仮面を破壊できれば父さんの自我を取り戻せる。だけど難しいだろう。マホ様の場合は地上に降りて来ることが多く、しかも管理人になったばかりで仮面の経験値が低かった。だからできたのだ。

 自我を取り戻せないなら殺すしかない。それしか父さんの魂を救済する手段は無い。迷えば新たな犠牲を生む。だから迷うな。


(母さん、俺は父さんを殺すよ。ごめんね、親孝行らしいこと一度もできなかった)


 南側の小さな丘の下に身を隠した俺達は、改めて上空を確認した。父さんの仮面は平原に出た州央スオウ兵達に気付いたようだ。

 イサハヤ殿には矢を弾かれると学習していた仮面は、トモハルに向けて弓を構えた。連射された二本の矢をトモハルは落ち着いてかわした。

 次に仮面はアオイを標的に定めた。再び連射だ。俺は少し心配したが、アオイは軽いステップを踏んでひらりとかわした。いいぞ、よく見えている。

 通常矢では州央スオウ兵達を討てないと判断したのだろう、仮面は気を溜め始めた。

 俺は脚を開き腰を落として、遠方射撃の姿勢を取った。おそらくは北側のセイヤも。


(終わりにしよう、父さん)


 空に向けて弓を斜めに構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る