それぞれの恋(一)
三十分ほど訓練を続けて、アオイはかなり機敏に矢に反応できるようになっていた。これなら遠方から放たれる、父さんの通常矢に当たることはまず無いだろう。槍を持っていながら受け身の取り方も見事だった。
「二人共、少し休憩を入れろ!」
イサハヤ殿の声が届き俺は弓を下ろした。そして自分の身体が重いことに気付いた。短い時間の鍛錬であったが、人に狙いを定めて大怪我をさせないように、小さな矢の先に意識を集中していた俺は気付かぬ内に疲れていた。きっと避ける側のアオイも大変だっただろう。
そういえば俺がまともに対人訓練をやったのは、これが初めてなのかもしれない。こんなに精神を使うことを毎日続けているとは、正規の軍人とはやはり凄いものだな。
「アオイさん、一旦休みましょう。また後で再開させてもいいですし」
「そうね、あっちこっち避けまくって脚がガクガクして来たわ。矢を避ける訓練はここまでにしましょう。午後は中隊長にお願いして接近戦の訓練をするわ。今日は付き合ってくれてありがとうね、エナミ」
「こちらこそ。良い訓練ができました」
俺達はみんなが待つ土壁の囲いの中へ戻った。
「お疲れ、ご主人」
「悪い動きじゃありませんでしたわよ、洗濯板女」
シキとミユウが真っ先に出迎えてくれた。ミユウの嫌味にあっかんべーで返したアオイは、いそいそとトモハルの元へ向かった。
「中隊長、私の動きはどうだったでしょうか?」
「良かったぞ。無理に矢を弾こうとせずかわすことを優先した判断は正しい」
「嬉しいです! もっともっと精進しますね!」
アオイはフラれたと言っていたが、こうして見る限りトモハルとの間に溝は感じられなかった。地獄に落ちる原因となったトモハルとは因縁深い俺だが、二人には上手くいってほしいと思った。頑張れ。俺は密かにアオイを応援した。
ミズキに近付くと、彼は笑顔で俺を迎えて言った。
「俺はヨモギと交代する次の見張りらしいが、まだ一時間ほど間が有る。それまで一緒に過ごそう」
「なんだ、それなら俺も見張りに付き合うよ。そうしたら四時間は確実に一緒に居られるだろ?」
俺の申し出をミズキは嬉しそうに快諾した。イサハヤ殿から発生していると思われる殺気がミズキに纏わり付いて来たので、俺達は場所を替えることにした。
「ヒューヒュー、ヤーヤーヤーですわね。恋人となった以上、一秒でも長く同じ時間を過ごしたいというやつですの?」
移動する俺達にシキとミユウが付いて来た。
「……解ってんならそっとしておいてくれよ。従者になったシキはともかく、どうしてあんたが付いて来るんだよ?」
「ふふん、そりゃあ、夕べのことを根掘り葉掘り聞く為さ」
ミユウは素の男言葉に戻って俺の肩を抱いた。
「ちょっ……、俺は何も話す気はないぞ!?」
夕べのことってズバリ俺とミズキの情事に関することだよな? そんなことペラペラ話せるもんか。
「そうケチケチすんなって。なぁ、どっちがマウントポジションを取ったんだ?」
「まうんとぽじしょん?」
イザーカ国と友好条約を結んで十年ほど。
「性行為の主導権をどっちが握ったかって話だよ。おまえか? それともミズキ?」
ミユウの発言の意味を理解して、俺の頭に一気に血が昇った。
「おまっ、おまえぇ!! 何てこと聞いてんだこの野郎!」
ストレート過ぎんだろうが。
「
「ミズキも! 馬鹿正直にこんな質問に答えなくていいから!!」
「へぇミズキ、女以上に綺麗な顔してんのに、アッチ方面では勇ましいんだな。いいじゃんいいじゃん、俺そういう意外性有るヤツ好きだぞ? どうだ? 俺とも一戦交えてみないか?」
「エナミが可愛いのがいけない。おまえとはやらない」
「おいコラ、恥ずかしい会話はやめろ!」
一人でカッカして赤くなっている俺をシキが宥めた。
「まぁまぁ落ち着けご主人。野郎ってのはこの手の話が大好きなんだよ。俺もだけど」
「主人と呼ぶならおまえくらい俺の味方をしてくれよ! ……それはそうとしてサクラはどうした?」
昨日ずっとシキにへばり付いていた、あの茶色いトラ猫の姿が今朝は見えない。
「灰色狼が気に入ったらしくて、起きてから奴の背中にへばり付いてる」
対象を替えてもやっぱりへばり付いているのか。でも地獄で生まれた者同士、仲良くなれたのは良かったな。ヨモギは現世へは連れて行けないから、俺達が去った後の彼の行く末を案じていたんだ。
滝のエリアにはいろいろな動物が居たし、ヨモギとサクラが穏やかに暮らせればいいんだけど。
「ほらエナミまぁ座れって。ここなら俺達以外に話を聞かれる心配は無いからさ」
ミユウはまだエロ話をする気だ。
「あんたとシキには聞かれるじゃないか」
「いいから座りんさい」
グイっと先に座ったミユウに引っ張られて俺は尻餅を付いた。そうだこいつ大盾携えた戦士で怪力持ちだったよ。いつも可憐な女性の見た目に騙されてしまう。
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