アオイと訓練

 俺とイサハヤ殿の血圧が下がるのを待って、恒例の朝軍議が開かれることとなった。

 イサハヤ殿がむっつり黙り込んでしまったので、とりあえずマサオミ様が進行した。


「案内人、管理人達は何処に居る?」

『最強の管理人は塔の傍、マヒトは砂漠、エナミのお父さんは以前の拠点だった大きい丘の周辺を飛んでるよ。キミ達を捜しているみたいだね』

「危ね、イオリさんやっぱりまた来たか。あそこは俺達に不利な地形だったからな、急いで引越ししておいて正解だった」


 今度の拠点の小丘群ならまだ戦いようが有るはずだ。


「とまぁ、こんな風に案内人から管理人の位置をマメに探りつつ、今日は待機するしかねーよな。近くに管理人が飛んで来たら出て迎え撃つぞ。その際ランはヨモギと一緒に湿地帯へ避難してくれ。あのワン公は一匹でも相当強いから、ランのいい護衛になるだろう。セイヤ、後でヨモギに伝えておいてくれな」

「はい! あの……俺は戦闘に参加してもいいんですか?」

「ああ。兵士全員での総力戦だ。ここからはもう戦力の分割はしない。それでいいよな? 真木マキさん」


 イサハヤ殿は深く頷いて発言した。


「相手がイオリになろうがマヒトになろうが確実に勝つ。拠点の地形を最大限に利用しろ。破壊されても構わない」


 普段の頼れるリーダーだ。イサハヤ殿は完全に冷静さを取り戻した。


「そういうことだ。気合い入れろよ、もう一人も戦死者は出さねぇからな!」

「では解散! 私とマサオミはここに残る。他の者達はいつでも戦えるように身体を温めておけ」

「はいっ!」


 大将以外は立ち上がった。


「エナミ、訓練の相手をしてくれないかしら? 矢の軌道を読む練習がしたいの」

「もちろんいいですよ」


 アオイの申し出を俺は快諾かいだくした。彼女と一緒に移動しようとした俺は、横からイサハヤ殿に声を掛けられた。


「エナミ、情けない姿を見せてすまなかった。私にキミの行動を制限する権利は無いのに」


 イサハヤ殿は本当に申し訳無さそうに苦い顔をしていた。下級兵士の俺の機嫌の良し悪しなど放っておけばいいのに。この人は地獄で出会った時から変わらないな。

 俺はイサハヤ殿を安心させる為に、先ほど感じたことを話してみた。


「いいんです。干渉されて困ったりもしますが、嬉しくも有るので」

「嬉しい?」

「はい。イサハヤ殿とミズキのやり取りを見て、父のことを思い出していました。父も、俺が恋人を連れて帰ったら心配したり怒ったりするのかなって。現世ではもう実現不可能だから……だから、イサハヤ殿が心配して下さって嬉しかったです」

「エナミ……!」


 イサハヤ殿は顔をほころばせた。


「でも、ミズキのことは認めて下さいね。俺を息子にしてもいいと思って下さっているんですよね? ミズキはその俺が選んだ唯一の相手ですよ? 息子の人を見る目を信じて下さい」


 ミズキが俺の頭をよしよしと撫ぜた。それはやめろ。人前では。


「ぷっ、真木マキさん一本取られたな。そりゃそうだ、親なら子供のことを信じてやらなきゃな」

「……ふん。子を導くのも親の役目だ」


 イサハヤ殿はマサオミ様に憎まれ口を叩いたが、その表情は柔らかかった。もうイサハヤ殿とミズキは大丈夫だよな? ……たぶん。


「よし、アオイさん行きましょう」

「おい、あんまり遠くへは行くなよ?」

「どうせなら私達にも見えるそこでやればいい」

「え、そこでですか……?」


 イサハヤ殿は目の前に広がる平原を指差した。二人の大将に見られながら訓練するのは緊張しそうだ。


「アオイさん、平気?」

「私なら大丈夫よ。中隊長ー、私頑張りますから見ていて下さーい!」


 アオイはトモハルに向かって大きく手を振った。全員の視線が注がれたトモハルはギョッとした。


「え、あれ? アオイさんの好きな人ってもしかして……」

「中隊長よ。昨日告白して速攻フラれたけど」


 再度みんなの視線がトモハルに注がれて、彼は頭を抱えた。


「うお、知らない間にこっちでも急展開……」

「皆様ずいぶんと楽しそうで良かったですわねぇ」


 セイヤが二人をまじまじと見つめて、ミユウが棒読みで嫌味を言った。

 それにしてもトモハルか。アオイが好きになるのは気が合いそうなセイヤか、快活なマサオミ様だと思っていた。神経質そうなトモハルを選ぶとは意外だ。自分と違う部分に惹かれたってやつかな?


「ケロッとしてますけど、フラれたって……、アオイさん落ち込んでないんですか?」

「そりゃ落ち込んだけど、私まだ諦めてないから。さ、エナミ訓練訓練!」


 アオイに手を引かれて俺達は土壁の外へ出た。タフな人だ。

 ヨモギの元へ行ったランとセイヤ以外の仲間に見守られながら、俺とアオイは訓練を開始した。

 俺達は十メートルくらい離れて立った。


「矢をける練習がしたいの。最終的には槍で弾けるまでいきたいけど……。とりあえず、一発撃ってみてくれない?」

「分かりました」


 アオイの利き腕は右だよな? ならこっちだ。俺は彼女の左腕をギリギリかすめる程度の甘い矢を放った。

 ひらりと彼女は最初の矢を難無くかわした。


「次撃って」

「はい」


 今度は精度を少し上げて、避けなければ突き刺さる矢をアオイの右腿へ放った。

 また彼女は簡単にかわした。俺の弓の構えから軌道を推測して動けていた。


「次よろしく!」


 肩を狙った三射目を彼女は槍で弾こうとした。が、失敗した。矢自体はかわしたものの、アオイは尻餅を付いた。


「ふー、弾くって難しいのね。連隊長や中隊長ってやっぱ凄いわ……」

「アオイさんだって練習を続ければできるようになりますよ」

「ありがと。でも今は難しいことに挑戦するより、確実に矢を避けられるようにならなきゃだよね。エナミはまだ速撃ちや連続撃ちを使ってないもんね?」


 熱くなりやすいタイプかと思ったが、ちゃんと物事を客観視できるんだな。隊長に選ばれただけのことはある。

 アオイは立ち上がって槍を構え直した。


「悪いわね、もうしばらく付き合ってね」

「はい。とことんやりましょう!」


 俺は次の矢を弦につがえた。いつもは獲物を狩る為のこの作業。仲間を強くする手段にも使えるんだなと、少しだけ俺は誇らしくなった。

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