拠点変更(一)

 モリヤが横たわっていた場所、そこを囲むようにして全員が輪になって座っていた。ミズキと目が合ったがすぐに逸らされた。けっこうキツイな。

 ランは意識が戻っていた。モリヤについて知ったのだろう、暗い顔をしてセイヤにしがみ付いていた。

 アオイはまだ完全回復とは言えない見た目だったが、トモハルの支え無しで自力で座れるようになっていた。その彼女が俺の後ろのシキを見咎みとがめた。


「あんたは! あんたが何でここに居るのよ!?」

「アオイさん、シキは俺と主従関係になったんです。今はこちら側です」

「主従!? 何言ってんのよエナミ、そいつはあんたの家族の仇でしょ!?」

「そうです。だからこそ俺の、俺達の為に働いてもらうんです。さっき父さんを退けた矢、それはシキが飛ばしてくれたんです。俺一人では無理でした」

「だからって……簡単に信用できないよ。そいつの仲間はランを人質にしたんだよ? また後ろから襲われたらどうするの!?」


 会話を聞いていたランは怯えてセイヤの陰に隠れた。セイヤもまだ不審げにシキを見つめている。

 丘に残っていたみんなの反応は当然だと思う。俺自身、ほんの数時間前まではシキを敵だと認識していたのだから。

 でも滝へ赴いた俺達はシキの諦めの姿勢を見ていた。ソウシという、唯一の愛しい存在に去られて絶望したシキを知っている。


「アオイさん、シキの行動の責任は主人となった俺に有ります。もしも今後シキが誰かに危害を加えようとしたら、その時は俺の首を刎ねて下さい」

「エナミ!?」

「はぁ!?」


 みんなが驚愕の目を俺に向けた。ミズキとイサハヤ殿が立ち上がり掛けた。しかし一番動揺したのは後ろに居たシキだった。奴は俺の襟首を掴んで自分の方へ身体を向けさせた。猫じゃないんだけどな。


「ご主人、首を賭けるって馬鹿なのか!? 知り合ったばかりの相手を簡単に信用してんじゃねぇよ!!」

「おまえが言うな。問題を起こさなければ済む話だ」

「そうだけど……」


 イサハヤ殿やマサオミ様だって、かつて自分の部下の為に首を賭けた。人を預かるということはそれだけの覚悟が必要なんだ。


「俺は地獄を生き抜いて現世へ戻る。そして姉さんを助けるんだ。京坂キョウサカとも戦うことになるだろう。その為にはおまえの力が必要なんだ、シキ」

「仇に背中を預けて怖くねぇのか?」

「怖いよ。父さんの代から敵対関係にあったんだから。でもおまえに力を貸してほしいし俺を信じてほしい。だからまずは俺がおまえを信じる」

「俺を……信じる」

「一生に一度くらい、日影から出て日向を歩いてみたらどうだ、シキ」

「!………………」


 シキは唇を結んで押し黙ってしまった。シキが手を離して襟首が解放されたので、俺は振り返ってアオイに向き直った。彼女は複雑そうな表情をしていたが、


「……あんたには相当な覚悟が有るようね、エナミ。解ったわ。そいつは信用ならないけどあんたのことは信じる」


 俺を認める発言をしてくれた。奇しくもモリヤと同じような言い方で。


「シキの話はまとまったようだな。エナミとシキも座ってくれ」


 イサハヤ殿に促されて俺達は座った。


「これから話し合いたいのは拠点についてだ。高所は下山口の見張りさえすれば獣や人の侵入を防げ、下界を見渡せるという利点が有る。しかしイオリのように遠距離から強力な溜め攻撃をしてくる敵に対しては、圧倒的に不利な地形だと今回判った」

「逃げ場もねぇしな。下山道を破壊されたら終わりだ」


 マサオミ様も補足した。


「そこで、急ぎこの丘を放棄して別の場所へ移りたいと思う」

「えっ、ここを離れるのですか……?」


 アオイが力無く言った。州央スオウ兵達は長らくこの丘に滞在していた。そして部下のモリヤが散った場所。アオイにとっては思い入れの強い場所なのだ。


「イオリ殿の仮面はここに我らが居ることを記憶した。木や岩の陰に身を隠しても、先ほどのように無差別爆撃を行われてしまう可能性が高い。残念だが、ここは離れよう」


 トモハルに諭されてアオイは頷いた。マサオミ様が腕組をして思案した。


「問題は何処へ移るかだな。桜里オウリが前に居た山もここと同じ条件だから駄目だな」

「森林地帯は空からの敵には強いですが、獣や人相手になると全方位に見張りが必要となるので、能率が悪く休息が取れなそうですね」


 ミズキが発言した。俺の方を見てくれないが、彼の声が聞けて嬉しかった。


「そうなんだよな。隠れる場所が有って、見張り易くて、かつ逃げ場も多い。そんな場所に引越したいんだが、誰か心当たりねぇか?」


 難しいな。俺は自分が行動した地獄のエリアを一つ一つ思い出してみた。トモハルが進言した。


「もういっそのこと、生者の塔へ向かってはいかがでしょう?」

「それも考えたんだがな、イオリさん強過ぎるわ。俺達の目標は全員揃って現世に帰る、だからな。あの矢をくぐって、最強の管理人である草薙クサナギヨウイチ氏もかわして、無事に塔へ辿り着ける自信はねぇな。そこにマヒトも加わったら最悪だ」

「そうですね……」


 案内鳥の言う通り、仲間同士で囮になれば一人くらいは辿り着けるかもしれない。でも俺達は絶対にそれはしないと決めた。全員で帰るんだ。

 セイヤが閃いた! という顔をした。


「管理人は夜に襲って来ませんよね? 奴らも寝てるんじゃないですか? だったら夜に生者の塔へ向かえばいいんじゃないッスか?」

「どうなんだ、案内人?」

『それは絶対にやめた方がいい。管理人達が夜襲って来ないのは、全員が生者の塔に集結しているからだよ。そして仮面は睡眠を取らない。中の魂が眠っていたとしても、仮面が勝手に身体に刻まれた技を駆使して襲ってくるよ。暗闇の中、昼間よりも厳しい戦いになる』

「……夜間に生者の塔へ挑むのはやめた方がいいな」


 イサハヤ殿が大きな溜め息を吐いた。


「イオリのあの矢は厄介だ。何処かに拠点を構えてイオリを迎え撃ちたい。彼を倒さずに生者の塔へ向かっても全滅するだけだ」


 その通りだろう。久し振りに戦って父さんの強さが身に染みた。何とかして父さん一人の時に倒さないと。その為にも新しい拠点が必要だった。

 避難ができて、そして戦いにも適した地形か……。

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