幸せの形(二)
☆☆☆
モリヤの死から四十分くらい経ったのだろうか、俺とミズキは大樹の根元に肩を並べて座っていた。
涙は収まったが死の恐怖は去ってくれなかった。盗賊の死には動じなかった心が張り裂けそうだ。短期間でも心を通わせた相手との別離はつらいことだと思い知らされた。
アオイとランの具合は良くなって来ただろうか? トモハル
「ミズキ、死なないでくれ」
アオイとランが痛みと戦っている今、俺の口から出たのは無傷のミズキを気遣う言葉だった。
「……頼む、死なないと約束してくれ」
「エナミ?」
「モリヤさんが死んだ。あんなにあっけなく。あっと言う間に俺達の前から居なくなった」
「ああ……」
弱気になっている俺の肩をミズキが抱いた。
「案ずるな、みんな強い。そう簡単にやられないさ。今回は悪条件が重なったんだ」
シキを倒しに主力戦士が出払った間に拠点が攻められた。遠距離攻撃しか効かない父さんに。
「モリヤの死は無駄にはしない。教訓として必ず次に
ああ、しっかり対策を練ろう。もう誰も死なせない為に。地獄を共に生き抜いてきた仲間達は、みんな俺にとって大切な人達となった。
そう思うのに、俺の口から出たのはまたもや彼のことだけだった。
「死なないでくれミズキ。俺の傍から居なくならないでくれ」
肩に触れるミズキの腕がビクッと動いた。
「……エナミ?」
そして発言の意図を確かめようと、彼は俺を見つめた。
「俺はミズキと一緒に居たい。地獄から出た後も」
「ああ、それは俺も同じ気持ちだ。一緒にマサオミ様の親衛隊に入ろう」
親衛隊か。そうなれば今と同じようにミズキと過ごすことができるな。例え訓練や戦闘三昧だとしても、彼と居られるのならとても幸せな未来だと思える。
(え…………?)
俺は自分の思考に戸惑った。ミズキと居られることが、俺の幸せ?
「エナミ、どうした?」
「どうしたんだろう、俺……」
最近の俺は自分の心が判らない。どうしたいんだろう、俺は。
心配したミズキの右手が俺の頬にそっと触れた。あろうことか俺は、彼のその手に自分の左手を添えた。
「エナミ……!」
驚くミズキの顔を俺は見つめ返した。いつもの俺らしくない。心臓の鼓動が早くなり、体温も上昇した気がした。恥ずかしさと僅かな恐怖心。それらを感じながら俺は、ミズキの次の行動を待っていた。
「エナミ? おまえ、いいのか……?」
ミズキの問い掛けに答える代わりに、俺は熱を帯びた彼の瞳の奥をじっと覗いた。
ミズキの顔が近付いて来たことを確認して、俺は瞼を閉じた。唇に柔らかく温かいものが触れた。
「……………………!」
俺を抱きしめるミズキの腕に更なる力が込められた。脳の奥が痺れる。だが同時に充足感が俺の身体を駆け巡った。
今ここに彼が居る。生きている彼が俺と共に存在している。その事実が何よりも嬉しかった。
「!」
しかしミズキは両腕を張って俺を引き剝がした。
「え…………?」
困惑する俺に彼は顔を伏せ立ち上がった。
「ミズキ?」
「ごめん」
それだけ言ってミズキは立ち去ってしまった。俺は突然のことに驚いて、彼の小さくなる背中を見送ることしかできなかった。
(拒絶された……?)
初めてくちづけされた時よりも大きなショックが俺を襲った。どうしてだよミズキ。やはり同性同士ですることではないと考え直したのか? そんな、今になって……。
座ったまま
「ご主人、大丈夫か?」
「……足音を消して接近しないでくれ」
「悪い。これでも忍びなんでね。なかなか戻らないから様子を見に来たんだ」
「いつから居た?」
「あー……、ご主人があいつに死なないでくれって言った辺りからかな?」
つまり全部見ていたんじゃないかこの野郎。ミズキに拒絶されたショックに羞恥心が追加された。
「あのな、落ち込む必要は無いと思うぞ?」
「落ち込むだろ。見ていたなら解るだろ?」
その気になって積極的になったのにフラれたんだぞ? 悲しくて惨めだ。
「ご主人はあいつとまだ最後までヤッてないように思えるんだが、どうだ?」
シキに直球を投げられた俺は思わず顔を上げた。
「やっぱりな。あんた純情そうだもんな」
どうして判る? 今の俺はどんな表情をしているんだ!?
「ご主人とあいつの間にはな、温度差が有るんだよ」
「温度差……?」
「滝ではあいつと付き合ってないって言ってたよな。それが今はあいつに去られて落ち込んでる。あれだろ、仲間が死んで別れに直面して、自分の気持ちに正直になったんだろ?」
シキに俺の心中をズバズバと言い当てられた。誤魔化しても仕方が無いか。
「うん……、その通りなんだと思う。モリヤさんの死に恐怖して……、ミズキを急に俺に繋ぎ止めたくなった。ミズキに初めてくちづけされた時は怒ったのに、今さら身勝手だよな」
「素直だな」
苦笑してシキは続けた。
「死を身近に感じるとな、人間は人肌恋しくなるものなんだ。これは恥じるな、人の本能だ。俺にだって経験は有る」
本能か。そう言ってもらえると少し救われる。
「それでご主人はあいつ……、ミズキに甘えたくなったんだろ?」
「うん」
馬鹿正直に頷いた俺にシキはまた苦笑した。
「ご主人はどこまでしたいと思った?」
「どこまでって……」
こいつ直球勝負だな。たまには
「……くちづけと、あと抱きしめてほしいって思った」
「ミズキはたぶん、その先を望んだんだ」
「!」
きっと俺は火を通した海老のように赤くなっている。
「ミズキって誠実な男だろ?」
「頭に超が付く」
「だからさ、弱っているご主人の心に付け込むような真似をしたくなかったんだよ。去ったのはその為だ。ここに居たら自分の欲を抑えられないと思ったんだろう」
「欲……」
「あいつはご主人を抱きたいんだよ。抱きしめるって意味じゃない方だぞ。あんたの身体が欲しいんだ」
「!!!!!!」
俺は思わず仰け反って後ろへ倒れそうになった。シキが腕を引っ張って防いでくれた。
「あんた男受けしそうなのに今までよく無事でいられたな? 軍人なんだよな?」
「……カザシロの戦いで徴兵された村人だよ。兵団には準備の為の二日間しか滞在していない」
「どおりで。擦れてない訳だ」
「あの、それでミズキのことなんだが……」
俺はボソボソ声でシキに尋ねた。
「本当に……シキが言った通りだと思うか?」
「十中八九間違い無いな。ま、あいつに直接聞いて確かめて来るんだな」
「確かめるって……」
ミズキが俺の身体を欲しがっている。それを聞くのか? そうだと認められたら俺は気を失う自信が有る。
「おっと、その前にやらなきゃならないことができたようだ」
シキの視線の先にはマサオミ様が居た。
「ここに居たか。二人とも戻ってくれや。みんなで相談したいんでな」
相談とは何だろう? 俺とシキはマサオミ様の指示に従いみんなの元へ戻った。
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