幸せの形(一)

「分隊長……近くに……居ますか?」


 モリヤに呼ばれてアオイはハッとした。声は咄嗟に出せなかったようだが、両手でモリヤの左手を握った。

 そのぬくもりを感じたモリヤは微笑んだ。


「分隊長は……もっと自分の為に生きなきゃ……駄目ですよ。妹さん達だって……もう成人しているんですから……」


 モリヤはアオイの手を弱々しく握り返した。


「俺は……こんなナリだから、余所者として差別されたり……したけれど……でも、自分が不幸だなんて思わない……。優しい母が居るし……分隊長ともみんなとも会えた……」


 そこがモリヤと俺の違いだ。俺にも優しい父さんが居たしセイヤという親友もできた。それでも俺は余所者として距離を置かれる自分を嘆いていた。


「何よりも……俺は俺だから……。みんなと違う……肌と髪の色を気にしたことも有ったけど……、全てを含めて俺だから……」


 俺は俺……。


「幸せの形なんて……人それぞれなんです……。だから形に囚われないで……。自分なりの幸せを見つけて……下さい」


 モリヤのこの言葉はアオイにだけ向けられたものなのだろうか? 俺の心にも響く。他のみんなも彼の言葉に聞き入っていた。案内鳥さえも。


「……リヤ、モリヤ……!」


 アオイが声を絞り出すようにモリヤの名を呼んだ。モリヤは彼女にこたえたかっただろう、しかし反して彼の指からは力が抜けてしまった。

 薄い色のモリヤの瞳から涙が溢れた。


「……俺、ここまでのようです……」

「嫌、お願い逝かないで! 私は……私はあんたにまだ何もしてやれていない!」

「いいえ……充分です……。俺はあなたの部下で……幸せでした」


 モリヤは握られた手を頼りにアオイを見つめた。見えなくなった瞳で。


「今まで……あり……がとうござ……い……ました………………」


 消え入りそうな小さな声でモリヤは最後の言葉を紡ぎ、そして動かなくなった。


「モリヤ……? モリ……ヤ?」


 アオイの呼びかけに応える者はもう居なかった。


「モリヤ……!」


 彼を気に入っていたミユウが唇を噛んだ。


「嫌……嫌よ、戻ってよ、モリヤ!」


 無常にもモリヤから黒い霧が発生し、みんなが見守る中で彼の身体は霧散した。

 ついさっき話して、俺を信じると言ってくれた人。その人とはもう会えない。人の生とはなんて儚いものなんだろう。


「あ、ああ! あああああーーッ!!」


 アオイは悲痛な声で叫んだ。そしてその後、胸を押さえて苦しみ出した。呼吸が荒く、顔は赤い。


「過呼吸か……!」


 トモハルがアオイを自分の方に向けさせた。


「はっ、はぁ、はあぁっ……」

「アオイ、大丈夫だ落ち着け。私の言う通りに呼吸をしろ。まずは軽く吸って、それから深く吐くんだ」

「はぁ、はっ、私のせいで……モリヤ……。はぁっ……モリヤは私が……死なせた。はぁっはぁっ」

「違う! おまえはランを守り切った! 自分の務めを立派に果たしたんだ! 私を見ろアオイ、息を吸い込み過ぎては駄目だ」


 俺は見ていられなくてその場を後にした。俺と主従契約を結んだシキと、何故か案内鳥が付いて来た。


『モリヤはアオイを守りたくて自分の身を犠牲にした。……僕と一緒だ』

「違う」

『違わないよ。矢の前に立ったんだよ? 自分から。自殺行為だよ』

「全然違う」


 俺は鳥に言った。昨夜は俺にも解っていなかった、鳥と俺達との決定的な違いを。


「モリヤさんは死のうとしたんじゃない。アオイさんと生きようとしたんだ」

『どういうこと? 彼は死んでしまったじゃないか……』

「結果的にそうなっただけだ。俺達兵士は命を懸けて戦う。でもな、死ぬ為じゃない。生きる為なんだ。大切な人の元へ帰られるように。また会えるように」

『……………………』

「モリヤさんは父さんの矢の前に立った。おまえの言う通り自殺行為に思える危険な行動だ。でも彼は死のうなんて思っていなかった」


 鳥は納得していない様子だった。


『どうしてそう言い切れるのさ。キミは彼じゃないだろう?』

「モリヤさんには将来の夢が有った。お父さんが生まれた国へ行ってみたいって前に言ってた。それに……、いつかアオイさんに想いを伝えたかったはずだ」


 なのに死を悟った彼は、アオイへの想いを自分の中に封じ込めた。伝えてしまえば彼女の負担になると考えたのだろう。本当は伝えたかったろうに。彼の心の葛藤かっとうを想像して胸が痛んだ。


「生きたかったんだよ、モリヤさんは……」

『……………………』


 鳥は反論せずに飛び立った。俺はこらえていた涙を流した。


「……ご主人、俺はあっちへ行ってた方がいいか?」


 静かに尋ねて来たシキに頷いた。


「すまん。今は独りにしてくれ」

「了解。少し離れた場所に居るから、用が有ったら呼んでくれ」

「ああ。ありがとう」

「ありがとう……か」


 シキが遠ざかってから、俺は近くの木に寄りかかって泣いた。

 モリヤは地獄に相応しくない優しい人だった。自分のルーツである異国に憧れていた純粋な青年だった。そんな人がこんな哀しい最期を迎えなくてはならないなんて。


 草を踏む音がした。たぶんミズキだ。

 顔を上げた俺は、やはりそこに居た彼に駆け寄って俺達は抱き合った。

 シキに独りになりたいと言ったばかりのくせに、俺はミズキから離れなかった。彼の温もりが欲しかった。ミズキも力を込めて俺を抱きしめた。

 ミズキの腕の中で安堵すると同時に恐怖も感じた。彼もまた、急に命を落としてしまうのだろうか?

 今自分と一番距離が近いと思われる相手。彼を失うことを考えると身体が震えた。そんな日が来たら俺はきっと正気でいられない。


 形に囚われずに、自分なりの幸せを見つけて。

 モリヤの言葉が俺の中に響いていた。




■■■■■■

(モリヤの最期。イメージイラストを見るには↓↓をクリックして下さい)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330665569510800

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