イオリ来襲(二)

 もう少しで頂上というところで、地面が揺れた。これは……。


「何だ、地震か!?」


 父さんと戦ったことのないトモハルには、この振動がどうして起きたのか判らなかった。


「違う、父さんの溜め矢だ! 父さんは気を溜めることによって、通常より何十倍も威力が高い矢を放てるようになるんだ!」

「何と……厄介だな」


 俺達は更に足を速めた。坂道を駆け上がったせいで戦う前なのに息が苦しい。でも行かなければ。仲間の危機なんだ!


「ここから先は散開しろ! 固まってると狙い撃ちされるぞ、木と岩を上手く使え!!」


 頂上に着いた。先頭のマサオミ様は号令を出してから、近くの石灰岩へ身を潜めた。後続の俺達も一人か二人に別れて、それぞれ障害物の陰に隠れた。俺にはピッタリとシキが付き従った。

 空を見上げると小さく父さんが見えた。丘の中央部分の上だ。


「セイヤ、誰か、近くに居るか!?」


 俺とシキは点在する木の下を父さんに見られないように移動して、丘の北西から中央部分へ少しずつ近付いていった。


「……エナミ!?」


 右手から声がした。斜め前の大きめな樹木の陰からモリヤが手を振っていた。葉を多く蓄えたあの樹なら俺達の姿も隠してくれそうだ。空を見て父さんが見ていないことを確認してから、俺とシキは急いでモリヤと合流した。


「エナミ、そ、その男は何だ!?」


 当然だがモリヤはシキを見て身構えた。槍を握る彼の腕を俺はそっと抑えた。


「今のこいつは敵じゃないです。俺と契約して協力関係にあります」

「そんな、マヒトの仇だぞ!?」

「解ってます! 俺の家族とも因縁の有る相手です。だからこそ簡単には死なせない。生きて俺達の役に立ってもらうんです」

「役に立たせるって、どうする気だよ?」

「囮やろうか?」


 シキが躊躇ためらい無く言った。一度生きることを手放したこの男なら本当にやるだろう。俺はシキを睨んだ。


「駄目だ。おまえが死にたがっている間は絶対に死なせない」

「全く……。本当こそばゆいよ、あんた」


 俺は再びモリヤへ視線を移した。


「モリヤさん、今だけでいいから俺を信じて下さい。この男の行動は俺が責任を持ちます」

「エナミ……」


 モリヤは苦い表情ながらも頷いてくれた。


「いいだろう。そいつのことは信じられないけどキミのことは信じる」

「ありがとう。他のみんなはどうしたんですか? ランは?」

「バラバラに別れた。ランは分隊長と居るはずだ。飛んでいる管理人に俺達の槍は届かないから、セイヤが矢を飛ばしたんだけど撃ち負けてしまったんだ」


 セイヤはもう初心者とは呼べない腕前になったが、暗殺をも請け負っていた父さんの弓にかなうはずがない。


「それでみんな……うっ」


 ドガアァァァン!!

 轟きと共に再び大地が揺れた。思わず手で耳を塞いだ。


「おいおい、まるで落雷だな」


 かつて俺も抱いた感想をシキが述べた。モリヤが忌々しげに空に居る父さんを見上げた。


「みんなが木に隠れてから、ああやって強力な攻撃を無差別に放って来るようになったんだ」

「マズイな。そのうち全ての木が吹っ飛ばされて、隠れる場所が無くなっちまうぞ?」


 その前に木ごと、隠れている人間も吹き飛ばされてしまうだろう。俺が矢を放って溜め行動を中断させるしかないが、一人ではやれる自信が無い。前回はマヒトが短刀を投げてくれたんだ。更にはマホ様も加勢してくれた。その二人はもう居ない。


「どうする? ご主人」


 迷っている暇は無いか。


「とにかく俺が……」


 ドグオォォォォン!!

 まただ。さっきよりも近い場所に着弾した。音と振動で数秒間身動きが取れなくなった。今度は土煙まで発生した。


「……すげぇ威力だな。俺達が生者の塔へ行った時はあんな攻撃はして来なかったぞ。なめられてたんだな。あんなんとマトモに戦えんのかよ?」

「正直言って現状では厳しい。もっと射手が必要だ」

「射手が?」

「父さんが空に居る限り勝ち目は無い。たくさんの矢で撃ち落とさなければ」

「さっきから何だよ、父さんって」

「上に居る管理人、あれは俺の父親だ。騎崎キサキイオリ。州央スオウ王太子の元近衛兵で暗殺者。おまえもよく知ってるだろ?」

「!?」


 シキは上空へ目を凝らした。


「噓だろ……?」

「だったら良かったんだけどな」

「分隊長!!」


 不意にモリヤが大声を上げた。そして安全確認もせずに駆けて葉の傘の外へ出た。


「何やってんだ馬鹿野郎!!」

「アオイ!? ラン!」


 土煙が晴れた地面にランを抱きかかえたアオイが転がっていた。さっきの溜め攻撃でやられたのだ!

 身体に欠損が無いから直撃ではなかったようだが、余波を食らって吹き飛ばされたアオイの身体は血にまみれていた。

 倒れたアオイを見つけたのは俺達だけではなかった。空に居る父さんが倒れて動けない彼女達へ弓を構えた。


「やめろ!!」


 俺は父さんへ向けて速射した。しかし父さんの方が早かった。

 父さんの放った通常矢は正確にアオイの元へ飛んだ。そして彼女の前に立ちはだかったモリヤの左胸に深く刺さった。


「あくっ……」

「モリヤさん!」


 俺の矢をかわした父さんが再び矢を飛ばした。連射された二本の矢は、それぞれモリヤの右腹、左太股に突き刺さった。モリヤは静かに崩れ落ちた。


「モ……リヤ……?」


 ボロボロのアオイがモリヤに手を伸ばした。


「やめろぉぉ!!」


 俺は叫びながら矢を放った。東方向からも別の矢が飛ばされて父さんへ向かう。きっとセイヤだ。 

 俺達が放つ矢を避けながら、父さんは尚も眼下へ弓を構える。モリヤとアオイをここで確実に仕留める気だ。


 キンッ!

 しかし四射目の矢は駆け付けたイサハヤ殿の刀によって弾かれた。

 イサハヤ殿は父さんへ向けて名乗りを上げた。


「イオリ、私だ、州央スオウ真木マキイサハヤだ!!」


 一瞬だけひるんだ気がしたが、すぐに父さんは気を溜め始めた。通常矢ではイサハヤ殿に弾かれると仮面が判断したのだろう。矢の先端に光が集まっていく。


真木マキさん、あの攻撃は駄目だ! そこから離れろ!!」


 溜め矢の恐ろしさを知っているマサオミ様が怒鳴った。トモハルも木陰から飛び出してイサハヤ殿の前に立った。


「連隊長は退いて下さい! 彼らの盾には私がなります!」

「退けるか!!」


 このままでは州央スオウ兵は全滅だ。俺はがむしゃらに矢を放った。セイヤも頑張っているのだが、彼はまだ狙いが甘く連続撃ちができない。更に父さんはミズキの投擲とうてきが届かない高さに居る。

 どうやっても火力が足りない。どうしたらいい!? 焦りと絶望に俺の心は覆い尽くされそうだった。

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