イオリ来襲(一)
「男同士ではどう頑張っても結婚などできない」
シキの傷に止血処置をしてから三十分経とうとしているのに、イサハヤ殿とミズキはまだいがみ合っていた。俺が原因なのだから止めろとトモハルから注意を受けたが、マサオミ様には飽きるまでやらせておけと言われた。どうせシキの血が増えるまでは動けないので、マサオミ様の言葉に従って俺は
「儚い夢しか見られないのは哀しいな、ミズキ。その点私との養子縁組は現実的だ」
イサハヤ殿は白い歯を見せて笑い、上から目線でミズキを挑発した。しかしミズキは輝く笑顔で受け流した。
「お言葉ですがイサハヤ殿、
えっ、そうだっけ?
「何っ!? おいマサオミ、それは本当か!?」
話を振られたマサオミ様は、靴を脱いで川に足先を浸して涼んでいた。完全に休日モードだ。
「おー、本当だぜ。ウチの王様は代々おっとりしてて外交では及び腰で頼りないんだが、多様性って言うのか? そっち方面には寛容でな、同性の婚姻は法律で認められてるぜ」
「ば、馬鹿な……」
「つまり私とエナミの間には何の障害も無いと言うことです」
ミズキが勝ち誇った。ぐぬぬとなったイサハヤ殿の後ろから俺が質問した。
「
「人同士の繋がりと昔ながらの価値観が強い地方では、世間体を気にして隠れて交際する程度に留まっているんだろう。だが人口が多い王都では、同性婚をした夫婦をチラホラ見かけるぞ」
「そうなんだ」
「ああ。マサオミ様の親衛隊に入られたらおまえも王都勤務になる。だから堂々としていろ」
その前にまだ結婚を承諾していない。そして求婚もされてない。こいつもいろいろすっ飛ばすな。いや求婚されても困るんだけどさ。
ずっと呆気に取られて口を開けっ放しのシキに聞かれた。
「あの美人さんは男だよな? ご主人はアレとお付き合いを?」
「してない」
キッパリ答えた俺を見てミズキが泣きそうに顔を歪めた。その横でイサハヤ殿がニヤリとしている。
「あ、いや、ミズキ、あのな……」
「いいんだエナミ……。俺だけが先走っていたようだ……」
全くもってその通りだよ。でも肩を落としてショボンとするのはやめてくれ。罪悪感で俺の心が痛い。痛過ぎる。俺が悪いの?
くそ。俺はシキの左手首を取って脈拍を測ることに集中した。
「……脈、正常値です!」
俺の報告を聞いてマサオミ様が川から足を上げた。
「よしっ、丘に戻るぜ! ミユウその首巻きをちょっと貸してくれ」
「スカーフですわ。何にお使いになりますの?」
「濡れた足を拭きたくて」
「ふざけんなクソッタレ、濡れた足でブーツ履いて水虫になりやがれですわ」
「ミズキ、一時休戦だ」
「承知致しましたイサハヤ殿」
みんなは一斉に出発準備を始めた。驚いた顔をしてシキがキョロキョロしている。
「お、おいご主人!」
「何だ」
「まさか、おまえ達は今まで俺の回復を待っていたのか?」
「? そうだが」
何をあたりまえのことを聞いているのだろう。大出血した人間をすぐに歩かせられる訳が無いだろうに。丘まで片道一時間も有るんだから。
それにしても地獄の回復の速さは何度体験しても便利だ。俺の複数箇所の骨折は一時間で完治、獅子に喰い千切られて肩をズタズタにされたモリヤも一晩だもんな。シキの傷は刀の入り方が綺麗だったので治りが早かった。改めて、トモハルってやっぱり剣術の達人なんだなって。
「……………………」
「どうした、シキ」
「いやこの隊、馬鹿ばっかりだなと思ってさ」
「喧嘩売ってんのか?」
「褒めてんだよ、これでもさ」
よく解らないことを言ってから、シキは猫を肩に乗せたまま立ち上がった。傷は塞がって血液も多少補充されたようだが、猫を背負って一時間の行程を歩き続けるには厳しいんじゃないかな。
「おい猫、シキはまだ体調が万全じゃない。負担を掛けては駄目だ」
俺の言葉を聞いたトラ猫は、すぐにシキの肩から降りて自分の脚で歩き出した。ヨモギ同様、こいつも人の言葉を理解するようだな。
「よぉ、血が止まったんならもうそのハチマキ要らないよな? 俺に貸してくれや」
「……………………」
俺の便利ハチマキはマサオミ様の足拭きとなった。
☆☆☆
小一時間後、俺達は丘の登山口まで到達していた。シキの顔色は通常時に戻ったように見えるが、一応確認しておこう。これでも主人だからな。
「シキ、具合はどうだ?」
「……身体は全回復したんじゃないかな。ちょっとくすぐったい以外は」
「傷口が痒いのか?」
「いやそういう意味じゃなくてさ、気遣われることが……。いいや忘れて、説明するとこっちが恥ずかしくなりそうだ」
「?」
シキの言うことはよく解らない。
「ふっ、たらしの本領発揮ですわね」
ミユウの言うことはもっと解らない。理解する気も無いが。
「ああそうだ、ランという名前の小さな女の子が居るんだが、彼女にはしばらく近付かないようにしてやってくれ。以前戦った時に人質にされたから、きっとおまえを怖がるはずだ」
「……了解した」
そんな話をしながら丘を登る俺たちの元へ、案内鳥が飛来した。
「おお、あいつ案内人とか名乗る喋る鳥だよな?」
シキは鳥を見て呑気な感想を漏らしたが、俺達は気が焦った。鳥が自分からこちらへ来る時は、緊急事態を伝えたいパターンがほとんどなのだ。
「案内人、何が起きている!?」
イサハヤ殿が声を張り上げた。呼応するように鳥は大声で現状を知らせた。
『丘に残っているみんなが、飛んで来た管理人に見つかってしまったんだ! 管理人は射手タイプ……エナミ、キミのお父さんだよ!!』
「!?」
「イオリが……来ただと? 皆はどうした!?」
『頂上で管理人と交戦中! 防戦一方だ、まだ軽いけどセイヤが負傷してる!!』
それを聞いてまずマサオミ様が走り出した。
「ご主人、お父さんって何だ!?」
「事情は後だ! まずはみんなの救援に向かう!」
俺達は先を駆けるマサオミ様の、白い装束の背中を追って登山を急いだ。早く、早く。射手の父さん相手には飛び道具を使える者が必要だ。速射ができないセイヤ一人では全滅してしまう。
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